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生徒インタビューレポート 板根 茜弥(110期)

2016/04/01

板根茜弥生徒

今はもう思い出しても笑えるようになったけど、試験に落ちた時はすごく落ち込みました

スピードスケート出身の板根茜弥は、いつからガールズケイリンに興味があったのだろうか。
「知人の紹介で競輪を見に行かないかって言われたんですよ。私はスピードスケートをやっていて、そういう話をしたら、『競輪がいいから観てみよう』となって、そして観に行ったらそのまま競輪関係者を紹介されて、それで、愛好会に入り、もうとんとん拍子にやることになりました(笑)。
そのときは24歳で、2013年の7月に言われ、7月に見に行き、10月に試験があると言われ、やっぱりそんなの無理じゃないかと思っていたんですよ。けれど、やるしかないと思って、やってみたら受かっちゃって(笑)。そんな感じです」

そうして108回生として競輪学校に入校したが、しかし...そこからが波乱の幕開けだった。
「まず受ける前が不安で、不安でしょうがなかったので、受かってものすごく嬉しかったんです。でも、学校生活がやっぱり皆と気持ちが違うのか、自分を追い込んじゃったのか、帰省で帰ったときに落車しちゃったんです。それから、第1回学科卒業認定考査を受けて、追試になり、それが...また出来なくて帰ることになって、すごい人生だなって自分で思います(苦笑)。
今はもう思い出しても笑えるようになったんですけど、やっぱり試験に落ちた時は、もう競輪なんて嫌いだし、人と会いたくないくらい落ち込みました。あんな辛さは、たぶん無いんじゃないかってくらい辛かったです。でもやっぱり見返してやりたいという気持ちはあったので、だからもう練習と勉強を毎日、本当に師匠に毎日勉強教えてもらいました。でも、やれば出来るのかなって学科卒業認定考査に合格した時は自分でも思いました。テストが小学校の頃から苦手だったんですけど、それが、テストもすごく書けたんですよ。テスト中に笑顔になるくらいに書けて、それはちょっと自分でもものにしたなって思いました。練習して結果が出るまで長いけど、テストでもそういうことがやっぱりあるんだなって実感しました」
やれば出来る、やらなければ出来ない。考えれば簡単なことなのだが、実践となると難しいシンプルなことに板根は気がついたのだ。そして、約1年半の競輪学校での生活を過ごした。

板根茜弥生徒

自分の得意なものを見つけろって言われてから、落ち着いてレースが出来るようになりました

勉強も見てくれた師匠とは誰だろうか?
「齋藤将弘さんです。奥井迪さんも立川所属なので、毎日のように競輪場にくるんですよ。それで、私は師匠と勉強しているんですけど、その姿を見て奥井さんは感動したらしくて。どうして、こんな馬鹿な弟子をそんなに一日中見られるのっていう感じで(笑)。会ったらいつも怒られていましたね。よく『勉強してるの』って感じで言われました(笑)」
師匠からのアドバイスはどのようなものだったのだろう?
「よくガールズケイリンのレースを見るように言われています。『お前は、自分の得意なものを見つけてやってみろ』って言われてからは、重注が多かったんですけど少なくなり、落ち着いてレースができるようになりましたし、競走訓練で3着以内に入れるようになったので、なんかものにしたなって思いました」

今の板根の得意な戦法を聞くと、こう答えてくれた。
「捲りか、追い込みですね。その前までは、あやふやな気持ちで先行していたので、もう着も悪かったり、出切れなかったり、それで落ち込んだりしていました。今は、だんだんレースが楽しくなりましたね。着がいいと楽しいです」

脚質的には?
「うーん...、師匠にはお前はダッシュタイプと地脚の中間だって言われるんですよ。鍛えればどっちでもいけるんだぞと言われるんですけど、私的にはなんでこんなに差があるんだろうなって思っていて。やっぱりタイムを見ていても200mFD、400mFDまでは上位にいて、1000mTTまでも上位にはいるので、問題は2000mTTなんです。化けたらいいんですけどね。前回生のときは、児玉碧衣が怪我していた記録会で2位に入りましたが、嬉しいけどまだ納得いかない、本当に勝ったわけじゃないから。(尾崎)睦先輩を追い抜きたいなって思っていたときに退校してしまったので、うまくいかないなって思って、人生は(笑)」

立川競輪場はガールズ選手も多く、練習環境はいいだろう。
「地元の競輪場には毎日でも行ける環境がいいかなと思います。毎日、雨降っている中でも、嵐の中でも競輪場内のウエイトトレーニング場はタダで使えるから行けるように、そういう環境にしようかなと思っています。師匠が電話とかでもよく言ってくれるのは『まずお前を奥井に勝たせるレースをできるような選手に作っていきたいから』って言ってくれます。その期待に応えたいですね」

板根茜弥生徒

ファンに愛される選手を目指して頑張ります

板根には同期が2期いる、そして素晴らしい先輩も。
「それは私も財産だなってとても思います。出たら、(前回生は)先輩かもしれないけど、イチからではなく知っている仲なので。それに睦先輩は大学の先輩なので、だから去年もずっとくっついてたんですよ、先輩、先輩みたいな感じで。
私が前回生を退校した時、みんなの視線が痛くて。でも、東京帰って練習し始めた頃に競輪場に自転車を置いていたんですけど、ダンボール開けたら自転車に睦先輩から手紙のノートが貼ってあって、『バカ板根』とか書いてあって、『あなたはまだ若いんだからこれからなんだから諦めないで。私も板根のためにも卒業するから』ってあって。そのダンボールの中に私の帽子が入っていたらしいんですよね。『綺麗だったから、使うから。これを被って卒業するから、あなたも頑張ってね』って感動的な手紙が入っていて。それをまた(小林)莉子さんが見つけたんですよ。もう読んでうわーって大泣きしているし、隣では、莉子さんも(増茂)るるこさんも笑っているし。私はそのノートを今も机の中に入れています。いつでもその気持ちを忘れちゃいけないと思って」
その思いがデビュー後につながっていくはずだ。

デビューしたらどんな選手を目指すのだろうか。
「ファンに愛される選手になりたいです。夢があって、ジャンクスポーツに出たりとか、私がガールズケイリンの看板になれるくらい面白いキャラクターでいたいと思います(笑)。どんな選手になりたいかってよく聞かれるんですけど、だいたい決まっているじゃないですか。ガールズグランプリで優勝してとか、賞金女王になりたいですとか。賞金女王もいいけど、なんか楽しみたい。競輪人生を楽しんでいきたいなと思って。お金は大事ですよ、そりゃ。でもそればっかり追っているとなんか自分じゃないなって思うんで、楽しみながらやっていきたいと思います」

勉強を頑張ったように、練習もどんどん頑張ってほしい。
「努力します、本当に!私は結構浮き沈みが激しいんです。それは自分に自信がないからだなって思うので、だから今はどれだけ悪くても、プラスに考えるようにしたり、考え方を変えてやって楽しくなっています。これはデビューしてからも続けていきたいと思います。一年間競輪を一心不乱にやってからその先を考えようと思っています。みんな髪染めたいとか、洋服欲しいとか、旅行行きたいとか言っているけど、私は今26歳だし、時間もあまりないんで。だから楽しみでもあり、不安でもあるんですよね。
親にもやっぱり恩返ししないといけないですね。まずはお父さんとお母さんにその賞金をあげたいなと思っています」
一つ成し遂げることができたなら、次の努力もできるに違いない。2期を同期に持つ板根のデビュー後に期待をしたい。

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