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生徒インタビューレポート 亀川 史華(110期)

2016/01/20

亀川史華

初めて自転車に乗っている父を間近で見て、色んな気持ちがこみ上げてきました

「19、20歳くらいの時にガールズケイリンの存在は知りました。その時は興味がなかったんですけど、23歳の時にあることをきっかけでやってみたいと思いました」
モデルからガールズケイリンに転向した亀川史華。どうして彼女がこの道に進んだのか、気になる。
「実は、あまり父と仲良くなく、家族と疎遠気味だったんです。私は母親が小さい時に亡くなってしまったので、父親が唯一の親なんですけど、...競輪選手だった父があまり好きではなくて、全く口をきかない仲でした。
でも、23歳ぐらいの時に仕事やプライベートのことですごく落ち込んでいたことがあって、父が心配してくれて、その時に初めて父と向き合って、話をしたんです。それでも、あまり元気にならなかった私を心配して、『ちょっと身体を動かそう』みたいな感じになって、物置から昔の自転車を引っ張り出してきてくれて、私が乗れるようにセッティングをしてくれて、『一緒にサイクリングでも行くか』って誘ってくれたんですよ。その時に初めて自転車に乗っている父を間近で見て、背中を追って走っている時に、なんて言うんだろう...、『なんで今まで、こんなにお父さんを遠ざけていたんだろう...』って、ちょっと言葉では言い表せない色んな気持ちがこみ上げてきたんですよね。
その後に自分で競輪について調べ始めて、今まで競輪で育ててくれたお父さんに恩返しじゃないけど、今度は私が競輪でお父さんを支えられたらなって気持ちになったんです。それまで運動もしたことがなかったんですけど、お父さんに突然『私、競輪選手になりたい』って言って、それが目指したきっかけです」

亀川の父修一氏は、元選手で、世界選手権にも出場したことのある人だ。
だが、娘のいきなりの宣言にやはり驚いたそうだ。
「びっくりどころか目が点になっているような感じで、『何を言っているんだ、コイツは?』みたいな顔をされました(笑)。突然言い出したから本当に呆れていて、『運動もしたことないのがプロになれるなんて、そんな甘い世界じゃない』って言われました。確かに、100mは何秒とか、そういう指標が何もないから、確かにってその時は思いました(笑)」
ちょうど年が明けた頃に、思い切って言ったんですけど、もっと肯定してくれるかと思ったら、すごく否定的だったから、あれ?って思って。ちょっと1週間を空けて、もう1回言ってみたけど、だからムリだって言ってるだろうみたいな感じで。それで、1ヶ月、2ヶ月と節目、節目に言ってみて、ずっとチラつかせていたんです。それで、口で言っても通じないなら、行動で示してみようと思って、ゴールドジムに行って、『私、ガールズケイリンの選手になりたいんです』って入ったんです。トレーナーさんも困惑した感じで、ちょっと基礎体力とか筋肉量とか計ってみたんですけど、その筋肉量が一般の平均値以下で、トレーナーさんも大丈夫かみたいな感じでした(苦笑)。前の仕事がモデルだったので、今の体重よりも15kgくらいなくって、筋肉も全然なくて、骨と皮みたいな感じでしたから。
それから1ヶ月くらいして、『私、今ゴールドジムに通っているの』って父に言ったら、何でって聞かれて、『競輪選手になるため』って答えたんです。そこで『そんなにやりたいんだ』ってわかってくれて、それがちょうど5月くらいでした。説得に5月くらいまでかかっちゃったんです。やっと『じゃ、乗せてやるよ』って言ってもらいました」
ついに亀川が粘り勝った。

しかし、ここからの亀川の自転車の素質には父もきっと驚いたことだろう。
「乗り始めた時に『(試験の時に)1000mTTって種目があるんだけど、そのタイムでだいたいどうかわかるから。何でもいいから全力でバンクを2周半走ってみろ』って言われて、で、走ってみて1分30秒フラットくらいだったので、そうタイムを言ったら、『えっ、2分くらいかかると思っていた』って言われました(笑)。『じゃ、頑張ったらいけるんじゃないか』って、ちょっとお父さんの顔色が変わって、で、本格的に師匠を探そうってなりました。それで、お父さんがこの人ならっていう人を師匠をつけてくれて、それが奥谷広巳さんで、それから始まりました」
父ゆずりの才能がそこにあった。
「そうなんですかね。才能っていうか、父を喜ばせたくて、いつもベストタイムを出そうって思いながら走っていて、いいタイムを出した時の父の嬉しそうな表情が、顔には出さないけど、ちょっと嬉しそうな顔というか雰囲気というか、それが見たくて頑張ったというか。それは今でもそうというか、タイムを報告するのが、それだけが楽しみって感じです。
乗った時に兵庫県の選手の先輩方に『乗っている姿がお父さんにそっくり』って言われました。フォームやペダリングの返し方とか、そっくりって言われます。私、しんどいのはあまり見せないっていうか、そういうところもお父さんにそっくりらしくって(笑)。本当はしんどいんですけど、普通の顔で走るから、何で離れていったのっていう感じもお父さんにそっくりらしいです。お父さんもよく競輪学校時代に、周回で、しんどい顔もせずに離れていって、すごく怒られたって聞きました(笑)。
改めてお父さんを1つずつ知っていく感じで楽しいです」
自転車を始めてみたら知る自分と父の共通点の多さ、それが楽しいと亀川は笑った。

亀川史華

つらいながらも必死にくらいついっています

「学校生活は、もう、色々なことが大変ですね(笑)」
学校生活について聞くと、亀川はそう言った。その大変なところが、元モデルの彼女らしくて面白い。
「今まで普通にメイクとかしていたのに、何っにもメイクが出来ないので、そこですね。今までノーメイクは人に見せるものじゃないと思っていたんですよ(笑)。モデルの時も、(現場には)ノーメイクで入るんですけど、キレイにメイクアップしてもらって出るっていうのがあるから、何かノーメイクに慣れませんね」
だが、記録会やトーナメントなどの行事のたびに取材や撮影はされる。
「もうモザイクをかけて欲しいくらい、すごいイヤです~(笑)。
兵庫で練習していた時はバッチリメイクで練習していたので、『体育祭で優勝したので、たぶん何かに写っていると思います』って言ったら、『どこに写っていたの?わからなかった』って言われました(笑)」

「楽しい時間? 楽しい時間は...、そうですねぇ......」
と何度もそうつぶやきながら、考えていた末に出てきたのは
「自由時間、お風呂とか、寝ている時とか、カーテンが閉まっている時とかですね」
訓練について聞いてみると
「つらいことだらけです(苦笑)。全部、つらいですね。うん、つらいながらも必死にくらいついている感じですね」
自転車歴の少ない亀川にとって、訓練は大変なことも多かった。慣れないせいで股ズレをおこしたりと苦労も多かった。
「ケガをして休みがちだったので、今は頑張るしかないと思っています」

亀川史華

父みたいな捲りの強い選手になりたいです!

目標とするレーススタイルを聞いてみた。
「やはり父みたいな、すごい捲りをうてる選手になりたいですね。父は捲りが得意だったって言っています。今から捲るぞっていう一踏みのために練習をしていたって、その1歩のために何時間も何時間も練習していたそうです。本当かどうかわからないけど、タイヤの焦げ目がバンクにつくぐらいっていう話を他の人から聞いたので、そういう風になりたいなって思います」

捲りにはダッシュが必要になるが、亀川の脚質は何だろうか?
「最初はダッシュ系かなと思っていたんですけど、学校に来てから、なんか中距離っぽい感じ、まだわからないんですけど。お父さんがスプリンターだった割には、私はあまりスプリンターじゃないような気がします(笑)。でも、父もスプリンターって言われているけど、父が言うには『本当はスプリンターじゃなくて、スプリンターになるためにすごく練習した』って言っていたので、これからダッシュの練習をしたら、ついてくるんじゃないかなと思っています」

「今は父の喜ぶ顔を見るのが楽しみで、それだけを楽しみに頑張っていたんですけど、今度はファンの皆さんの喜んでくれる顔を見るために全力を尽くして頑張りたいと思います!」
柔らかな笑顔の下に、しっかりと粘り強さを隠し持つ亀川。彼女がどんな選手になっていくのか、乞うご期待だ!!

亀川史華