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生徒インタビューレポート 岡崎 優美(108期)

2015/03/24

岡崎優美選手

父と一緒に挑戦して、活躍したいと思ったんです

小学校2年生から高校3年生の1月までバレーをしていた岡崎優美。彼女がガールズケイリンへ進んだのは競輪選手の父・岡崎哲昌選手の影響が大きかった。
「知ったきっかけは、父が競輪選手なので、父からガールズケイリンのことを聞いたんです。でも、その時は『あぁ、そうなんだ』って思っただけなんですけど、母に『やってみたら?』と勧められて、挑戦しようと思いました。
小さい頃から父が練習しているのを見ていて、自分もバレーをやっていたから何というかスポーツ選手としても憧れていたし、父のことも尊敬していたし、好きだったので、一緒に挑戦して、活躍してみたいなと思ったんです。
でも、最初は反対されたんです。それで、自分はちゃんとやりたいんだって気持ちを伝えたら、ちゃんとやれよって言われました」

地元の練習環境は?
「本当に自転車に乗り始めたのは、バレーを引退した後の高3の1月からだったので、2ヶ月くらいしか乗ってないで学校に入ったんです。
まだ地元でもあんまり練習していないので、今は父に付きっ切りで練習してもらっていて、帰省中は父と練習していました。
皆、『お父さんが師匠でいいね』って言いますが、いい面もあるけれど、逆に近過ぎて、何でも言えてしまうからというのはあります。でも、やはり父が師匠でよかったですね!
普段はあんまりうるさいことは言われないんですけど、自転車のことになると変わりますね(笑)。自分は、この1年で落車が多かったので、追走技術がまだまだ下手だということで、周回からこういう風にしろって細かいところまでアドバイスくれます」

岡崎優美選手

ケガをして・・・、皆に差がついてしまうと思い、焦りはすごくありました

自転車経験のない生徒が苦手にあげることが多い自転車の整備、それにもれなく岡崎も最初は四苦八苦していたそうだ。
「整備は全くわからなかったです。最初の事前研修の時に『はい、自転車を組んで』って言われて、何をしたらいいか全くわからなくて、もう自転車整備の卒認も大丈夫かなと心配でしょうがなかったけど、今は大丈夫です。毎日、自転車に触っていると大丈夫になりますね。でも、タイヤを張るのは今もちょっと苦手です(苦笑)」
インタビュー前にタイヤ張りをして、ジャージにリムセメントをつけてしまった。汚れた箇所を見ながら
「もう卒業記念レースでこれ着られないですね(苦笑)」
と困り顔で笑った。

「競輪学校の生活は、皆と一緒に生活するのが楽しかったです。やはり自習時間が終わって、皆で話している時が楽しいですね。テレビで何を見るかを取り合ったり(笑)、じゃんけんで決めたり、色んな話をしました」

しかし、岡崎の学校生活は楽しいだけではなかった。落車が続き、皆と一緒に練習できず、焦りを感じていた時期もだった。
「ここに入る前も全然自転車に乗れてないのに、さらに差がついてしまうという思いがあって、焦りはすごくありました。
1回目の落車は、周回中にフラフラってしているところに接触して、その時は鎖骨を折りました。2回目は競走訓練中で、3番手にいて前が落車して真後ろで突っ込んでしまって、運が悪かったです。その時は手首をケガして、ケガした後は飯田先生や白石先生がついて練習を見てくれました。それで、この間も3回目の落車をしたけど、それもまた目の前の人が落車して、また突っ込んで、その瞬間に『もう終わった・・・』って思いました。でも、立ち上がってみたら、身体も動いたんで、よかったです。こんなに運が無さ過ぎて、逆にすごいですよね(笑)。体育祭や登坂トーナメントも出られなかったし、記録会もトーナメントも走れなかったので残念でしたね。
リハビリが多くてしんどいなと思ったけど、でも、自分のために先生がメニューを組んでくださったり、つきっきりで見てくださったりしたので、本当に感謝の気持ちしかありません。この間の第2回記録会でベストタイムが出たことは、本当に先生のおかげです!それが学校での一番の思い出ですね。少しは先生方に恩返し出来たかなって思います」

競走訓練では、どんなことを心がけて走っているのだろうか。
「やはり一番は、もう落車は出来ないっていうのがまず頭にあったので、そういう意味では毎回緊張感を持って走れたんですけど、やはりまだ追走技術がないので、そこをもっと磨いていきたいですね」

今の課題は?
「ダッシュ力ですね。持久力はまだある方なんですけど、ダッシュ力がないので、そこを強化していきたいです。一瞬でトップスピードまでもっていかないといけないので、そこですね」

位置どりは苦手?
「すごい苦手です。でも、最近ちょっとずつコツをつかんできたかなって思うけど、まだまだです。
ケガをしてスタンディングとかハンドルを引く時とか、鎖骨ケガした後も違和感あったし、手首をケガをした時も怖かったし。もっと頑張らないとダメですね」

卒業が近くなった今の心境は?
「近くなってくると寂しいですね。最初の頃は卒業が見えなくて、1日が長くて、練習がきつくて、自転車に乗っているだけで体力を使うというか、手いっぱいだったけど、最近は上達したんじゃないかと思います。皆よりも、皆と一緒に練習出来た日にちがだいぶ少ないので、そういう面ではもっと皆と練習したかったですね」

岡崎優美選手

ピンチサーバーの経験が精神を強くしてくれたと思います

ガールズケイリンには小林優香選手をはじめ、重光啓代選手などバレー出身者多い。
「そうですね、校長先生もバレー出身だし、自転車につながっているって言うので、自分も同じように活躍出来るように頑張りたいですね。でも、その共通点を自分はまだつかめていないので、早くつかみたいです」

趣味を聞くと、今まで打ち込んできたバレーだと言った。そして、でも、とその後に続いた。
「でも、バレーは小学2年から高校3年までずっとやってきて、高校で全国大会にも行けたし、そこで燃え尽きたというか、やり切ったので、もういいかなと思って、次は自転車で燃えたいと思います!」

そのバレーの経験は大きく岡崎のメンタルを育ててくれた。
「バレーの時から負けず嫌いだったので、負けん気は強いと思います。それと、高校3年の時にピンチサーバーをやっていて、この1本で勝つか負けるかみたいな時に『行ってこい』って出されるので、もう毎回死にそうになるくらい緊張していたんですけど、でも、それでだいぶ精神的には強くなったと思います!」

デビュー後の目標は何だろうか?
「1年目優勝したいです。お父さんに認めてもらえるように、頑張っていきたいです。そして、お客さんに信頼していただける、満足していただけるようなレースをしたいですね。
まだまだ先行する力はないので、今は追走する技術を磨いて、上手いレースというか、いい展開になるようなレースをしたいですね。
スタイルは、小林莉子さんにすごく憧れています。自分と同じ年に時に競輪学校に入って、すぐに活躍していて、小林莉子さんがガールズグランプリの優勝ボードを持っている写真を見て、格好いいなって思ったのも、ガールズケイリンに入ろうと思った1つのきっかけでした。
今の脚力では全然ダメなんで、デビューまでにはもっと強くならないとダメですね。頑張ります!」

自転車経験が少ない中で落車の怖さを経験し、それでも、もっと自転車に打ち込みたいときっぱり言い切った岡崎。その気持ちの強さはこれからにきっと活きてくるだろう。さらに変化していくだろう岡崎にエールを。

岡崎優美選手