プロデビューを目指す競輪学校生徒サイト

生徒インタビューレポート 奥井迪編

2014/03/27

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楽しさが覚悟を一気に上回った瞬間だった。

一念発起して参加したガールズサマーキャンプで、バンク内を自転車で疾走。その帰路には「チャレンジしよう」と気持ちは決まっていた。

出身は北海道。キン肉マンに憧れていたという少女は、小学1年生のときからスキーを始めると、その魅力にのめり込んでいった。16年間の競技生活の始まりだった。
「小さいときは、スカートも履いたことないし、野球したりドッジボールをしたりして遊んでいましたね。友達がアルペンスキーやっていて、小学校1年生のときに紹介してもらって少年団に入りました。それから16年間、スキーをやっていたんですけど、自分の若さというか努力しきれなかった、本当の意味でできていなかったというのがありました。消化不良、不完全燃焼で終わっていたし、それにスキーでは食べていけなかったから、就職を考えました」

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スキー競技の後の進路は「教員」。
両親もこの就職には大賛成。保健体育の教員として、8年間教鞭をとったが、趣味として再び始めたスキーが、心の中に新たな火を灯すきっかけとなる。
「父も教員をやっていたので、教員の道を進もうと思って辞めたんですが、どこかで不完全燃焼があったので、競技スキーを趣味程度で始めました。国体とかに出る感じですね。でも、大学生のときは当たり前のように練習できていたのに、働きながらだと時間が限られていて土日しか練習できないし、限られた時間の中でどう練習するか、いろいろ考えたりして、すごく楽しかったんですよ。何回か国体に出るうちに、『もっとやりたい!』と思うようになっていました。でも、スキーは限界を感じていたし、そんなときにガールズケイリンの存在を知って、これだったらプロとしてもできると思いました」

公務員という安定した職業に就いた手前、「それを投げ打ってまで進むのは相当の覚悟が必要だな」という思いもあった。調べていくうちに「ガールズサマーキャンプ」の告知にたどり着き、まずは力試しとして、キャンプに参加を決めた。そこで、世界が一変した。

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ガールズサマーキャンプ
「ロードバイクにはスキーの練習の一環で乗っていて、自転車は身近なものでした。サマーキャンプを知って、どんなものだろうと参加したのが一昨年(2012年)ですね。ピストに乗るのは初めてなので初心者クラスでしたが、もう楽しくて、楽しくて(笑)。スキーと感覚的にも似ていましたね。遠心力やターンする感じ、バンクを下る感じもそうでした。『公務員なんだから、もっと考えてみては』と言われていましたが、願書が迫っていたので、キャンプが終わったときには、やろうと思っていました。スキーは少年団でもお手伝いしていて、教えて一緒にやるのは楽しかったんですけど、教えるより、まだ自分でやりたい気持ちが強かったんですね。『まだいける!』と思っているときに、ケイリンに出会いました」

この決断は、親には反対された。「教員になったときは、すごく喜んでくれましたから、今回は頭が勝ち割られるくらいの衝撃だったと思いますが……」と当時を思い出す。「自分はこうするといったら譲らないところがあるので、両親は反対していたけど、半分は諦めもあって、『自分の人生だから自分で選びなさい』と言ってくれました」。さっそく適性試験の準備にとりかかる。ここで、もう一つの大きな出会いがあった。

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師匠との出会い
「師匠の富山健一さんとの出会いですね。高校のスキー部の先輩で競輪選手だった藪下昌也さんに紹介していただきました。冬帰省から一緒に練習させてもらっていますが、自分はいつも指導者に恵まれて、会うべき人に会ったんだなと思います。富山さんに出会って、自転車の感覚や見方も変わったし、もっと楽しくなしました。それまでは与えられてメニューに対して力を出し切って追い込んで満足だったんですけど、考えて自転車に乗ることを教えてもらって、身体の使い方もいろいろと分かってきて、毎日の変化や感覚を掴めるようになってきました。それに一番大きかったのは32歳の挑戦だったので、『時間がない』と言われていましたが、富山さんだけは、『自転車は経験年数だから年齢は関係ない。積み重ねていけば、チャンスはある』と言ってもらって、自分も前向きになれたし、可能性に期待できるようになって、楽しさにも繋がりました。自転車は奥が深いし、深いから面白い。自分でもすごく楽しみなんですよ。これからどう自分が変わっていけるかが」

そういって瞳の輝きは一段と増した。教員から、生徒へ。競輪学校に入ってからの生活はどうだったのだろうか。

「予想をしていたより楽しかったです(笑)。メンバーも楽しいから宿舎も、ご飯も、お風呂も部屋でも落ち着くし、楽しすぎて競輪学校がこんなのでいいのかと思うくらい(笑)。バンクもサーキットもあって、すごく良い環境です。あとは、卒業してからの一カ月が勝負だと思っているので、どれほど乗り込んでモノにできるかですね。今はまだダッシュ力もないんですよ。それと競走の中での並走技術もあげていきたいです」

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野生の勘
デビューまでに課題としてあげるのは、そのダッシュ力と「野生の勘」と笑う部分の修正だ。
「競走が野性的なんですよ、勘で反応しちゃって(苦笑)。自分のタイミングならハマるんですけど、そうではないと離れてしまったりして。どうも、考えるタイプではなく、何でも力でやってしまうタイプなんですよね(笑)。力任せだから、無駄な力をすごく使っていると思いますし、みんな周りを見ながらやっているので、勘だけに頼っていてダメだなと。そう思ってからは、いろんな人の動きも見ています。北海道は雪もあるので、一年を通してできる環境の下でやりたいと思っていましたし、登録地は東京、ホームは立川バンクです。スキーは好きですけど、自転車に決めたから割り切りました」

「楽しい」と何度も語る自転車で、大勢の観客の前を颯爽と駆け抜ける日に、ここまでの決断のすべての答えがある。
「訓練中に肋骨と肘を折ってしまって、なんでもうまくいかないなとは思いました。気持ちの面では、毎日積み重ねてきたことが、体が動かせない、乗れないことですぐ落ちるのではないか、崩れ落ちるのではないかという不安感、焦りはありましたね。みんなに置いていかれる気持ちもありました。でもそれは仕方がないですし、焦らずにやろうと。富山さんにも『ゆっくり治しなさい』と言われました。自分は力強い、強さが持ち味です。そういう熱い走りを見てほしいと思います!」