プロデビューを目指す競輪学校生徒サイト

生徒インタビューリポート 髙木真備編

2014/01/14

「まだ同じ名前の人に出会ったことはないですね」。

20140111a (2).JPG

真備と書いて「まきび」。ついつい名前の由来を知りたくなってしまう。
「今は東京に住んでいるんですけど、岡山県の生まれ。日本史の遣唐使の人、吉備真備(きびのまきび)と同じところで生まれたので、それから名前を取ったと言われました」
奈良時代、唐に渡って様々な学問を学び帰朝した吉備真備。時代を経て、髙木真備は、もっか競輪の猛勉強中である。
「自転車はすごく奥が深くて。普通は、自転車に乗っていても、そこまで考えないじゃないですか。ペダルの回し方とか、フォームとか。でも、今は1回転するのにも考えることが多くて。分からないことだらけなんですけど、毎日が勉強という感じですね」
 
20140111a (1).JPG
 

自転車は未経験。中学、高校時代はハンドボールで6年間、汗を流した。

「もともと地元の中学(町田市立南中学校)が、ハンドボールで全国を目指す強いチームでした。それで、私も全国大会に行きたいと思ってハンドボールを始めました。私たちの代では全国大会に行けなかったのですが、その年の東京都の選抜チームに選んでいただいて、全国3位にはなりました。でも、何だか完全燃焼できなくて、高校(文化学園大学杉並高等学校)でもやろうと思ってハンドボールを続けました。高校でも、インターハイには行けなかったのですが、そこではやりきったかなという感じがして。ハンドボールは6年間やったし、次のスポーツをやりたいなと思っていました」。
 
そして高校卒業を控えたとき、進路で悩んでいた娘に、親が勧めてきたのが「ガールズケイリン」への挑戦だった。
「チームスポーツをずっとやってきて、大学では個人競技をやってみたいなと思うようになっていたんです。でも、今から始めて、上を目指せる競技がなかなかなくて。そう迷っていたときに、テレビでガールズケイリンの番組、ドキュメンタリーをやっていたんです。最初は親がその番組を見ていて、私はそんなによく見ていなかったんですが(笑)、『向いているんじゃない』と話をされました。そんなに興味がなかったんですけど、すごく親が勧めてきたので(笑)、どんな感じかなと思って興味を持ち始めました。一番、最初はそこでしたね」
 
 
20140111a (4).JPG
 
子どもの頃から、外で体を動かして遊ぶことがとにかく好きだった。家族で旅行に出かけたり、週末になると「父が外に連れ出してくれて、自転車で遠くにいったりもしていました」。ハンドボールでの6年間もそうだったが、そうした娘の姿を、両親は間近で見てきた上での後押しだったのだろうか。これには、ちょっと恥ずかしそうな表情で、こう答えた。
「う~ん。ちょうど、ハンドボールを大学で続けるかどうか悩んでいたときだったので、(ガールズケイリンが)向いているんじゃないかと言ってくれたんだと思います。あとハンドボールのときから、私は他の子より脚やお尻が太かったので、それで親は『いいかな?』と勝手に思ったんだと思います(笑)。本当に、めっちゃ太かったんですよ。円陣を組んでも、一人だけお尻がボーンとなっていたし、ユニホームも学校でサイズが決まっているものだったので、一人だけピチピチになっちゃったりして(笑)。それで、向いているんじゃないかなと」
 
大学進学と競輪学校入学。もちろん自転車競技は大学でも始めることができるが、「プロを目指す」と決めたからには、近道を選んでいく。
「もちろん大学進学も、競輪学校入学も迷いました。でも競輪選手になりたいんだったら、大学で自転車競技をするよりも競輪学校に入る方が近道と聞いていましたし、こっち(競輪学校)を選びました。親にガールズケイリンを勧められたときは、まだハンドボールを引退していなかったときだったんですけど、そのときは自転車競技を全然知らなかったし、ピストにも乗ったことがなかったんです。親からは『競輪場の愛好会にいけば(ピストに)乗せてもらえる』と言われて、『大学に行くか、競輪学校受験するかは置いておいて、まずは乗ってみたら』と。それで立川競輪場の愛好会に行って、一度乗せてもらいました。競輪場に行くことも、そのときが初めてで、めっちゃ緊張したんですけど、良い人たちばかりでした(笑)。私が行ったのは8月でしたが、その1カ月前に選手を引退された方がいて、その方が私が1000mとかを測ってもらっているのを見ていて、『もし本気でやるんだったら、京王閣に明日から来れば、練習を見るよ』と言ってくれたんです。それが今、師匠になってもらっている笠原(一人)さんでした」
 

レースが好きなんです

チームプレイのハンドボールから、個人競技のガールズケイリンへ。ゼロからのスタートだったが、また違う「楽しさ」を知った。特に、競輪学校で競走訓練が始まっていくに連れて、レースの魅力にどんどん惹かれていった。「今したいことは?」「レースです!」と即答するほどに。
「全然、違いましたね。個人競技は、自分で頑張ればタイムが伸びますし、手を抜けばすぐ落ちてしまいます。自分の力で結果が出たとき、それが実感できたときはめっちゃ嬉しいですし、そこが好きですね。本当に、始めて良かったなと思っています。まだまだ難しくて、覚えることもいっぱいあります。競走訓練でも、ちゃんと力を出し切れるレースもあれば、内に包まれてしまって脚が残ったままゴールすることもあって。そんなときは、『もっとできるのに!』と。でも楽しいし、レースが好きなんです。今までは自転車競技をやったことがなかったので、最初はタイムを出すことが自分を試す場でしたが、やっぱり競輪はレースですから。今日捲ることができなかったなと思ったら、練習しようという目標ができますね」
 
レースの話になると、それまで緊張していた表情が一気にゆるんだ。根っからの「勝負師気質」なのかもしれない。自分の性格についても「とにかく負けず嫌いなんです」と語る。
「昔から、けっこう負けず嫌いと言われているの、そこは負けない部分だと思います。子どものころ、父がサッカーをやっていて、けっこう一緒に遊んだりしていたんです。そのときに、リフティングを教えてもらったのですが、今日は20回まで続けると決めたら、その日のうちにできないと、嫌で嫌で(笑)。そうしているうちに日が暮れちゃって、父に『そろそろ帰るよ』と言われてもなかなかできなくて、悔しくて泣いてしまうことがけっこうありましたね。でも頑張って練習して、次は勝てるように、次はできるようにするというのが自分の良いところだと思いますので、そこだけは忘れないようにやっていきたいです」
 
 
20140111a (5).JPG
 

賞金女王を目指します!

夢は大きく「賞金女王」。伊東温泉競輪場でのイベントで学校生徒紹介をした際も、ファンの前で堂々と「賞金女王を目指します!」と高らかに宣言した。
「まずは賞金女王になることを目指して、レースをしていきたいです。ガールズケイリンは、稼げるところも魅力だと思うので、レースで1着になることと、賞金女王になって日本一になることは、ちょうど合わさると思います。まだ経験が足りないですが、もっと練習をして、どんなに強い人と当っても、自分でレースを作っていける選手になりたいです。怖気づいて自分で動けなくなるよりも、どんなときでも1着を狙っていけるように。そして賞金女王を目指して、先輩たちに負けないように頑張っていこうと思っています。今はすごくワクワクしていますね!」