プロデビューを目指す競輪学校生徒サイト

生徒インタビューリポート 長澤彩編

2014/01/17

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前職は美容師。

憧れていた職場で、尊敬できる上司にも恵まれていた。下積みを3年ほど経て、いよいよカットデビューを迎えようかという時期だったが、心の中で膨らんでいたもう一つの思いを無視できなくなっていた。それが「自転車」だった。
「美容学校に行って就職したんですけど、一番行きたかったお店で働いていたし、接客自体は好きでした。美容師は極めていく仕事で、うまくいろいろと研究していかないといけないので毎日が勉強でしたが、自分はそこまで追求するほどのめりこめなかったんです。休みの日でもしっかりとやらないといけない仕事があって、自分の時間がなかったですし、やろうと思ってもちょっとしか時間がなくてプレッシャーもあって、葛藤もあって、働いていていろいろとストレスはありましたね。仕事を始めてからは運動は止めて、自転車を趣味程度にやっていたんですけど、どんどん自転車が好きになっていきました。周りの友達も自転車に乗っていて、競技をやっている子もたくさんいたので、そういう影響もあって、そっちに本気になりすぎて、どうしようかと(笑)。もともと藍野(美穂・102期)さんを知っていて、競輪学校に受かったのも見ていて、『いいなぁ』と思っていたのもあったんです。でも、カットデビューをするかどうするかという時期だったので、ちょっといろいろ考えました」
 
子どもの頃から、体を動かすことがとにかく好きだった。自己分析でも「活発で、落ち着きがなかった子でした」と笑う。
「わんぱくで、よくケガをしていましたね。じっとしていることが苦手で…あと、勉強も苦手でした(笑)。あとはよく食べる子で、『両手に持って食べていたよ』と祖母に言われたことも(笑)。小学校2年生のときからバレーボールを始めて、中学校では違うこともやってみたいと思って1年くらいソフトボールもやって、高校ではまたバレー部に戻りました。かなりハードで、休みがほとんどなく、年末も31日だけ休みで、元日の朝から合宿が開始、それに遠征漬けで厳しかったですね。名門校ではないですけど、春高(春の高校バレー)には出場しました。でも、そういう厳しいところにいたからこそ、ガールズケイリンにも挑戦してみようかなと思ったんだと思います。高校で普通に遊んでいたら、たぶんこういう気持ちは無かったですね」
 

父からは『ちょっとうらやましいな』と

自転車との出会いは、就職してから。美容室の社長が大の自転車好きで、スタッフも「おしゃれな」自転車に乗っており、その格好良さに一目ぼれした。
「社長が乗っていた自転車が、格好良くて、『いいなぁ』と思っていたんです。そんな話をしていたら、社長がすごく太っ腹で、自転車を買ってきてくれたんです。まだ給料も多いわけではなかったので『お金は返します』と言いましたが、『返せる部分だけでいいから』と。最初はお店までの15分くらいの通勤で乗っていて、とにかく楽しかったです。自分の周りもファッション感覚で乗っていたんですが、それから、『もっと遠くまで行こうよ』となって、ピストで、友達6人くらいで名古屋から京都まで行ったり、琵琶湖を1周したりと、いろいろ挑戦しました。自転車を取り囲む人たちがいたこともあって、競技志向の人も増えてきて、自分も燃えてきていました」
 
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「好きになった自転車で、ご飯を食べていきたい」。ガールズケイリンの存在も知り、自転車に乗れば乗るほど、その思いは強くなっていった。
「自分は最初、ロードの方を乗っていて、競輪は知りませんでした。ロードは格好良いイメージはありましたが、仕事にしていくには厳しいと思って、踏み込めませんでした。でも、ガールズケイリンは、ちょっとまた違って可能性があるかなと。それから競輪を知っていく毎に、その魅力に惹かれていって、受けようと思いました。社長には本当によくしてもらったので、悪いなと思いつつでしたが、決断しました。社長のお父さんが元競輪選手だったらしくて、社長からは『脚が太くなってモテなくなるぞ、それでもいいのか』、『今みたいにオシャレを追求していった方がいいんじゃないか』と言われましたが、昔からスポーツが好きだったし、自転車に燃えてきたというのがあったから、それを止められなくて、『すみません』と言い切って説得しました。社長は大好きだったし、自転車へのキッカケをいろいろ与えてくれました。悪いことをしたなとは思いますが、今は『ありがとうございます』と言いたいです。両親にも、美容師の専門学校はすごくお金がかかったし、高校でもバレーをやって、遠征に行くにも常にけっこうなお金がかかっていて…。でも、自分で決断したし、資料を持って実家に戻って、『仕事は止めるから』ときっぱり言いました。困った顔をしていましたが、自分の親も今は違う仕事をしていますが、昔からスポーツをやっていたし、自衛隊だったんですよ。それで理解もあって、父からは『ちょっとうらやましいな』と言われました。実は父も、昔は親に勧められたことがあったらしいんです。『競輪選手になってれみれば』と(笑)」
 
 

大きく踏み出した一歩。

漕ぎ出した両輪は、もう止まらない。デビュー後のビジョンもしっかりと定めて、日々の練習に精を出す。
「自転車屋さんの仲が良かったお客さんの中に名古屋競輪場で働いている方がいて、『彩ちゃんは、師匠を要らないの?』と言われまして。自分も師匠はどうしたらいいのか、そこからよく分かっていなくて。それまでは、仲間のチームがあって、そこで一緒に練習しようかと思っていましたが、やっぱりアマチュアの方ではどうしても限界があったので、そこで話をいただいて、師匠(武井克敏)を紹介していただきました。練習仲間として一期生の猪子真美さん、その師匠の笠松(信幸)さんと練習させていただいています。(デビューしてからの)目標としては、絶対にガールズケイリンのトップの中で走ること。大きいレースでも勝てるような脚をつけて、脚だけではなくレースなので、うまくレース運びもできるように、極めていきたいです。トップクラスで走るのは絶対条件だと思っていますし、3期生にはレベルが上の小林(優香)がいるので、抜けるようにならないと勝てないですし、あそこまで届くように、まずは身近なところから目指していこうと思います」
 
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美容師時代に接客が好きだったというように、よくしゃべり、よく笑う。すべてをプラスに変えてしまう力を、自然と持っているのだろう。学校生活についても「106回生は面白い子が多いですし、ふざけて話をしたり、聞いたり、笑ったり。すごい楽しいなと思います」とまた笑顔だ。
「学校では、規則正しい生活ができることが幸せなんです。今までは朝夜が逆みたいで、遅くに寝て、睡眠も4~5時間と少ないのが当たり前だったので。練習が終わったらご飯もあるし、お風呂にも入れる、そういう当たり前の幸せは、仕事で社会に出たからこそ思うことだと思いますし、社会に出ていなかったら、ここ(競輪学校)にはいなかったかなと思います」
 

自分の人生を変えた自転車

将来の目標を聞けば、具体的な答えが返ってきた。「結婚もして、こだわりのある大きな家を建てて、格好良いジープやランクル(ランドクルーザー)に乗りたいです(笑)。そういうのも含めて、競輪人生もうまくできたらなと思う感じですね。もちろん、いろいろ迷惑をかけたので稼いで親にも恩返ししないと!」。
そして……と一呼吸おいてから、続ける。
「競輪の魅力をもっと伝えたいという気持ちが自分自身にもあるんです。最初、競輪には良いイメージはなかったんですよ。ロード選手は格好良いイメージがあったのですが…。でも競輪を知ってから、いろいろなドラマを見ていると、個人の種目でも、男子はラインもあって、その中での格闘がいろいろあって。うまく言えないですけど、すごく熱いですし、良いなぁと思いました。今は自転車に乗っている人が増えていますけど、そういう人たちが競輪を好きになる要素はあるはずなんです。もっとお客さんがついてくれればいいのにと思って、自分の周りには『見たほうが良いよ!』と言っています(笑)。男子と女子ではスピード感が違いますが、男子みたいにガールズでも、格好良く、迫力を出していきたいと思います!」
 
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自分の人生を変えた自転車。これからは今まで以上の絶対的なパートナーとして、ガールズケイリンの舞台で共に戦っていく。その走る姿を、その魅力を、一人でも多くの人に伝えるために。