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石の上にも3年。19歳の挑戦~青木志都加

2013/03/25

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修善寺の山にも、春がやってきた。
卒業マジカの3月某日。日本競輪学校の敷地上の四百㍍バンクには、あたたかい春風が吹いていた。周回練習に励む女子ニ期生の走りも、どこか軽やかにみえる。
きれいなラインとなったレーサーが風を切る。黒い車体の青木志都加も疾走する。静かな山のなかにペダルをこぐ金属音が響く。
刹那、教官の声が飛ぶ。
「アオキっ、ぺダリングを意識しろ!」
「つま先を立てるな~」
三十秒ほどで1周を回る。またも教官が声を張り上げる。
「さあアオキっ、上げていってみろ!」
青木が背を少し丸め、ペダルに力を込める。迷いはない。伸び盛りの19歳。スピードに乗っていく。
練習後、シャワーを浴びた青木は白い歯を見せて笑った。
「教官の声ですか? 結構、いっぱい、いっぱいなので。ははは。聞こえる時と、風の音で何をいっているのか分からない時があります。きょうはちゃんと聞こえました」
素直なのだろう、練習中に教官にかけてもらった声を思い出して、そのまま口にする。「フォームを意識しろ」「かかとをあげるな」など、ひとつひとつ。
「しんどくなったら意識がなくなっていく。声をかけてもらうとハッとして、また強く意識することができるんです」
資格検定も終わった。じき学校生活も終わる。だからこそ、気が抜けない。何事も最後が肝心である。
ほぼ10カ月にわたった学校生活を聞けば、おおきなため息をつき、また少し笑った。京都出身。ゆっくりした京都弁のイントネーションが耳に心地よい。
「ほんまにきのうまで、(資格検定のことで)頭がいっぱいやったんで~。学校生活は厳しくてきつかったんですけど、まぁ、ここまできてみれば、あっという間だったかな」
笑顔がいい。今度は大きく口を開け、愉快そうに笑ってくれた。

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仲良し3人姉妹の末っ子

名前の志都加は「しづか」と読む。由来を聞けば、親が「京都」の「都」の漢字を入れたかったそうだ。
三人姉妹の末っ子。一番上の姉は京都で美容師となり、二番目の姉が看護師をしている。姉妹は仲がいい。
「一番上の姉は結構、応援してくれています。“稼いだら、頼むで”って。あっはっは」
二番目の姉も、“がんばれ”と声をかけてくれる。もちろん両親も。
「なんか、すごくつらい時でも、うまくいっていない時でも、家族はいつでも支えてくれています。心強いです。だから、強くなって恩返ししたいと思っています」
プレゼント、何がいいんやろう、と京都弁でこぼし、目を細める。しばし、考える。パッと笑顔がひろがる。
「いっぱい稼いで、親は旅行が好きなので、旅行をプレゼントしたいな。どこの旅行がいいんですかね」
教官に聞けば、競走訓練で結果が出なくて、自転車置き場の陰で泣いていたという。
「練習中、泣くんですか?」と聞く。
「えっ。泣いていましたっけ」
笑顔が消える。困惑顔で続ける。
「はい。時々。どういう時やろう。歯がゆい時ですかね。なんていうんですか、競走で勝てないのが悔しいんです」
京都・北桑田高校の自転車部ではロードがメインだった。ロードとトラックは全然、ちがう。からだのつくりから、練習の質量、レースでの力の出し方まで。トラックは脚力、瞬発力がより求められる。簡単にいえば、パワーが必要である。
だから青木はからだ作りを意識してきた。晩飯ではごはんを極力、食べる。「夜は絶対、300㌘~400㌘のごはん」を食べると決めている。ざっと二合ぐらいか。
そして食後の自主トレーニングで筋力アップに励んできた。結果、体重が入校時の48㌔から6㌔増え、54㌔となった。身長が165㌢。まだ線が細いけれど、下半身は少したくましくなった。
「力強い走りができるようになりたいです。具体的じゃないけれど、体重、筋力を増やして、もっとからだを強くしたいのです」

今しかできひんことを

高校時代、ずっとガールズケイリン挑戦を迷っていた。進路が2つ、鍼灸師を目指すか、自転車競技を続けるか。
自転車を続けるにしても、大学に進んで自転車部に入ると、親に経済的負担をかける。タイミングよく、ガールズケイリンが始まったけれど、プロになる覚悟があるのかどうか、と悩んだ。
高校の自転車部の顧問からはガールズケイリン挑戦を勧められた。
「やっぱり、こんなチャンスはなかなかない。せっかくチャンスがめぐってきたのだから、じゃ、その波に乗ってみようかなって。どこまでできるか、“自転車に挑戦してみようかな”ということになったのです」
最後は自分で判断した。顧問にガールズケイリン挑戦を報告すると、「3年は我慢しろ」と言われた。
「“自分でやると決めたからには、どんなことがあっても言い訳はするな”って。“石の上にも3年というから、結果が出なくても、3年は続けろ”って」
競輪学校への願書を締め切りぎりぎりに提出した。思い出しながら、気持ちが高揚したのか、右手を机の上に上げようとして、指を机の端で打ってしまった。「大丈夫ですか?」と言えば、苦笑いをつくった。
「はい。大丈夫です」
本題に戻る。さらに、コトバを続ける。
「なぜかといえば、高校で自転車をやって、自分でまだ納得していないところがあったんだと思います。だから、ケイリンでどこまでできるか挑戦したいとなった。今しかできませんから。鍼灸師にはトシいってからでもできるでしょ。“今しかできひんな”というのが、決め手になったんです」

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バンクの上にも3年

同じ京都出身、競輪界の雄、村上義弘選手を尊敬している。
ガッツの男。村上選手は昨年末のグランプリでろっ骨骨折をおしてレースに出場し、優勝した。雨の中、感動的なレースだった。
青木の色白のほっぺがほんのり赤みを帯びる。「すごい人すぎて」という声が少し上ずっている。
「すごいオーラがあって。口でなんといったらいいか、普通じゃないですよね。ひたむきさというか…。(あこがれは)すごく自分に厳しいところでしょうか」
もむろん村上とて、猛練習で強くなった。「村上さんみたいになるためには」と問えば、「練習をたくさんすることです」と返ってきた。「朝練も?」。青木は朝が弱い。泣きだしそうな顔をつくって、机に突っ伏した。
「あさ~。朝、苦手なんです」
趣味が映画観賞。ホームバンクが京都向日町競輪場、師匠が山本真矢(65期=引退)。
青木は、青春を自転車に捧げてきた。あえて厳しい世界に飛び込んだ。
好きなコトバが『感謝』。
「いつも、いろんなことに感謝するようにしています。しんどい時でも、目標に向かってがんばることができることに感謝しないといけないなって。この気持ちは忘れたらあかんなって」
まだ若いけれど、志は揺るがない。強い選手になる。目標がガールズグランプリ出場。
「早く1勝したい。まだまだですけど、願い続けて、努力すれば…。まずは3年。自分次第ですから」
石の上にも3年、いやバンクの上にも3年。静かな京娘、19歳のシヅカちゃんの挑戦は始まったばかりである。