プロデビューを目指す競輪学校生徒サイト

『9人兄弟。家族パワーで夢挑戦~三宅愛梨』

2013/03/23

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卒業目前、一周400㍍の「400ピスト」には緊張感が張り詰めていた。
教官のバイクに先導され、生徒の周回練習がつづく。黒のバイクを、ピンク色の車体の三宅愛梨がひとり、追う。はやい。目の前を通り過ぎる時、一瞬、疾風が起きたかのように感じた。
バイクのスピードが上がる。三宅が食らいつく。急こう配のコーナーを回る。ホームのストレート。マイクを通し、教官の大きな声が流れる。
「そーだ、そーだ。みやけ~。いいぞ。付いてこ~い」
練習後、三宅がその場面を述懐する。
「教官の声、全部聞こえています。でも、いいぞ、と言われても、それどころじゃない。苦しいです。ただ付いていこう、付いていこうって。必死で付いていかないといけない」
風呂上がりのインタビューだった。ほっぺがほんのり赤みを帯びている。日々全力。顔に充実感が漂っている。
「(バイクを使った訓練では)回転練習だと思って、脚を回す事を意識しています。地味な負荷をかけつつ、自分でペダルを回さなきゃいけない。前の人がダッシュをかけた時、キレイについていって、最後、まくりにいくとか、そんなことをイメージしています」
言葉にも目にも力がある。元気はつらつ、「ぴちぴちです」と笑う20歳。「いつも笑顔」がモットーである。
「笑っていると元気になる感じがします。それに、周りの人も元気になるでしょ」
顔が少し赤いですね、と言われると、遠くにいたフォトグラファーに大声で話しかけた。
「写真でも赤い感じになりますか? ちょっと白めに撮ってください。センスでお願します。ははは」

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仲良し大家族。何事もやってみろ

実は9人兄弟である。
「日本記録ですか?」と問われると、「どうなんですかね」と噴き出した。
「よく野球チームが組めるね、と言われるんですよ。ベンチもちゃんといる。父が監督、母はコーチ、子どもたちが選手。やろうと思えば、サッカーも」
そういえば、作家のコナン・ドイルも9人兄弟で有名だった。まず9人兄弟の構成を聞く。「年齢はちょっとあやあふやなんですけど」と漏らし、右手の指を折り始めた。
「一番上のおねえちゃんがにじゅうよん、だったかな。24のおねえさん、22のおにいさん、20がわたし。19でおとうと、18でおとうと、17でいもうと、15でおとうと。え~っと」
ひい、ふう、みい、よ、ご…。あと2人です、と合いの手を挟む。
「小学校5年でいもうと、たぶん11です。8歳でおとうと。もう、このおとうとがまた、かわいいんです」
実家は岡山県玉野市。両親は自営業を営み、二階建ての大きな家に住んでいた。上から姉、兄、三宅本人、弟、弟、妹、弟、妹、弟。9人兄弟はにぎやかだろう、たぶん。
「もう、にぎやかどころじゃないです。部屋のこっちでは騒いでいるし、あっちでは言い争いしているし…。そうかと思えば、そっちではおかさんが“言うこと聞きなさい”という感じで怒っているし。わたしは周りを気にせず、ふんふんふん~という感じで自分の世界をつくっていました」
想像するだけで楽しくなる。たぶん家族はすごく仲がいい。そうじゃないと、こんな天真爛漫な人にはならないだろう。両親を尊敬しています、と言う。
「ほんと、苦労したと思います。いつも私たちのことを心配してくれています。いい親なんです。過保護じゃなく。何事もやってみろ、失敗するならすればいい。でも間違った道に入ったら戻ってこい。ダメだったら、こういうところがダメだったんだ、って教えてくれるんです」
兄弟は長男の影響を受けてきた。兄が空手をやっていたから、三宅は中学校の時、空手をやった。玉野商業高校1年の時には柔道。兄が自転車に没頭すると、三宅も高校2年から自転車を始めた。
「選抜大会という大きな大会があって」
そう、三宅は切りだした。自転車の全国高校選抜大会のことだ。岡山県にはあまり女子選手がいなかった。これは全国大会に「出れるんじゃない?」と思い、兄に相談したら、「やってみればいい」と言われた。
語尾が少し上がる岡山弁のイントネーションで続ける。
「ちょっと練習したら、いいタイムが出ました。そこから本気で練習して、春の高校選抜に出たのです」
才能があったのだろう。春の全国高校選抜大会では500㍍タイムトライアルで3位に入った。高校には自転車部がなく、個人で練習を積んだ。環太平洋大学に進み、2010年春のJOC(日本オリンピック委員会)ジュニアオリンピックカップで優勝した。
「周りのサポートがあったから、できたことです。空手、柔道もとてもきつかった。自転車も同じくらいきついですね。特にもがいたりして、足がいっぱいになるところがつらいです。練習でも手を抜くことはできない。ただタイム競技は分かりやすい。練習すればするほどタイムが出るようになる。スピードがはやくなっていく。そこがオモシロさです」

兄の夢、兄弟の声援を胸に

兄の影響か、姉以外の兄弟は全員、一度は自転車に挑戦した。兄はプロを目指したほど、本格的に自転車に取り組んでいた。でもプロ入りは断念した。
代わって、いま三宅がガールズケイリンにチャレンジする。兄の夢を引き継ぐといえば、「そうですね」と天井を見上げて呟いた。
「おにいちゃんのために…。まかしとけよ、みたいな。わたしは(競輪学校に)絶対、受かるみたいな。だから、おにいちゃん、応援してね、みたいなノリです」
家族はみな、ガールズケイリン挑戦を応援してくれている。兄はやさしい。「苦しい時やつらい時があるだろうけれど、くじけて家には帰ってくるな」と言われた。「なにかあったら、おれに電話すればいいから」とも。
父からは「やるならとことんやれ。頂点を極めろ」と激励された。練習の相手をしたり、入校手続きのための情報をかき集めたりしてくれた。母からも「満足できるよう、後悔しなさんな」と声をかけてもらった。
他の兄弟からも「しっかりやれ~」とエールをもらった。
「一番下の弟は、“競輪学校? それ、なに?”という感じです。ははは」
17歳の高校2年生の妹は自転車で活躍している。このところ大会で好成績を残すようになった。どうも三宅(姉)に密かにライバル心を抱いているようだ。競輪学校の試験前は一緒に練習していた時も、負けると不機嫌になった。
「妹は負けず嫌いです。こわいです。でも妹と一緒のレースに走って、勝負したいなという気持ちがあります」
姉妹といえば、同期のニ回生には石井寛子、貴子の姉妹がいる。目標は「石井寛子」に置いているけれど、プロデビューした後はライバルとなる。
「石井姉妹に対抗して三宅姉妹、いいでしょう。絶対、負けませんん。姉妹で勝ちにいきます」

おカネを稼いで親孝行したい

名前の愛梨は「あいり」と読む。子どもの頃からの愛称が「あいぶ~」。身長が170㌢。おそるおそる、「乙女に体重を聞いてもいいですか?」と声をかける。
アッハッハと笑う。

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「はい。73㌔です。別に何も傷つかないです。乙女心はありませんから」
目標が、毎回、決勝に乗ること。「最終的にはグランプリに選ばれたい」という。大きな目標は「おカネをいっぱい稼ぐこと」と言葉に力を込めた。
「おカネを稼いだからといって、自分のためだけにいっぱい使いたいとは思っていないんです。やっぱり両親に親孝行したいんです。ほんと、父と母が大好きなので」
競輪学校の校舎の廊下には生徒の顔写真と抱負がはられている。三宅を探せば、笑顔の“あいぶ~”がいた。こう、あった。

<応援してくれている人に感謝をして、両親への親孝行を忘れず、頑張っていきたいと思います>

目を閉じる。
ガールズケイリンにデビューする。
なにやら両親と大勢の兄弟たちの応援する絵が浮かんでくるではないか。