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『我が道をゆく"ビッグ・フット" ~小坂知子』

2013/03/10

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冷たい風を突き、小坂知子が一気にダッシュする。2月某日。一周333㍍の通称「サンサンバンク」のスタート練習だった。
実は体力テストによる適性試験で競輪学校に入学した27歳である。まだ自転車を本格的に始めて1年そこそこ。
「やっとで自転車に乗ることに慣れてきた感じです。(入学した)最初の頃は思ったように自転車が進みませんでした。やっと力が(ペダルに)伝わるようになりました」
静かな語り、控えめな笑み。やわらかいのに強い視線、アスリートならではの心身の強さが伝わってくる。
「先行」にかける。追走する技術はまだないけれど、ダッシュ力には自信がある。だからだろう、滝沢正光校長の推奨する「先行逃切」を肝に銘じている。
「先行しなさい、そんな感じの校長先生の言葉からすべてが始まっています。先行してから、あとは考えます」
自転車を降りる。水色の車体、フレームの上パイプに白色の英文字が書かれていた。

<BIG FOOT>

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足のサイズを聞けば、26・5㌢だった。身長が165㌢。ロビン・フッドならぬ「ビッグ・フット小坂」、いい響きである。
少し照れる。
「昔からビッグ・フットと呼ばれていました。人より目立っているのは、これ(足の大きさ)しかなかったんです」
中学、高校時代には陸上の走り幅跳びをやっていた。事実か、冗談か。
「幅跳びをやっている時、いつもこのくらいファウルしていたんです」。
笑いながら、右手の親指と人差し指をちょっと広げた。
「もう1、2㌢のファウルで…。自分の足が25㌢だったらセーフだったのに。ふふふ」
愉快な人である。空気が和む。どこか自分の世界を感じさせる。
モットーが「ゴーイング・マイウェー」、すなわち「我が道を行く」である。

ガールズケイリンとの出会い
       スペシャルな存在に 


自転車と出会ったのも、彼女らしい楽しいストーリーだった。
岐阜県高山市出身。小学校、中学校と走り幅跳び、高校では7種競技と走り幅跳びに打ち込んだ。
日本女子体育大学、同大学院では三段跳びに挑戦した。
日本学生選手権大会(インカレ)、関東インカレに出場し、それなりの成績を記録していた。大学院を修了し、地元の高山市の特別支援学校の常勤講師を勤めていた。
一昨年5月の中部実業団対抗陸上大会では三段跳びで2位となった。が内心、この競技での限界を感じていた。その2、3か月後のことだった。同僚の家の食事会にいこうと自転車に乗っていたら、スピードを出し過ぎてチェーンが外れた。
「下り坂を勢いよく駆け下りていたら、突然、チェーンがしゅるしゅる~って。どうしようと思ったら、たまたま下ったところに自転車屋があったんです。」
自転車屋に飛び込んだ。迫力あるからだゆえアスリートと見抜かれたのか、店員から「スポーツをやってんの」と聞かれた。
「陸上をやっています」。 
そう言うと、一枚のパンフレットを示された。それが『ガールズケイリン募集』だった。
「その時、初めてガールズケイリンのことを知りました。陸上競技をやっていたので、何でも通用するかな、という甘い気持ちでした」
ただ、すぐにはガールズケイリンに踏み切れなかった。どうしようと迷っていた。その後、学校の帰り途、翌年の転勤が決まった教頭と一緒に歩いていたら、教頭がぼそっとこぼした。「まあ、俺がいなくても、学校は回る。俺の代わりはたくさんいるからな」と。
「教頭の言葉を聞いて、わたしの代わりもたくさんいると思ったんです。周りの先生に相談したら、“やればいいじゃない 小坂さんなら大丈夫だよ!”と賛成する人しかいなかった。だれか一人くらい反対の人がいたら、たぶん止めていたでしょう。陸上でダメだったので、自転車にチャレンジすることもいいかなって」
そうやって、ガールズケイリン挑戦を決断した。競輪学校の入学申し込みを出し、無事、合格する。2年で学校の講師は辞め、新たな生活をスタートさせた。

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何事も「めぐり合わせ」である。陸上競技で鍛えた足腰はある。集団生活は少しも苦にならなかった。この1年、無我夢中で訓練に取り組んだ。訓練の成果だろう、臀部がたくましくなった。
1回生の田中麻衣美がモデルとなったガールズケイリンの話題のポスターがある。キャッチフレーズが「顔より太もも」。それをもじって、自身のガールズケイリンのブログにはこう書いた。
「顔よりおしり」と。
「ほかの人より、ヒップが上がっていると思うんです」
1回生のレースを見て、「あまり動きがないなあ」と感じている。
小坂は陸上時代から、存在感のある競技者を目指してきた。すなわち、「華のある選手」。観客から拍手をもらうと、たまらなくうれしかった。
「自分で(レースで)流れをつくっていけるような存在になりたい。スペシャル感があるというか、なんかコイツ目立つなあという存在になりたい。まだまだですね」
そのためにはもっと練習をして地脚をつけないといけない。もっと、もっと強くならないといけないだろう。

 世界へ、ムーンウォークのごとく

 目標とする選手が、三段跳びの五輪金メダリスト、タチアナ・レべデワ(ロシア)。美形で奇抜で、力のある選手である。
趣味が「美術館めぐり」と「居酒屋めぐり」。好物は「ビールに合うもの」と真顔で漏らす。「ピーナッツや焼き鳥、揚げ出し豆腐です」 
サービス精神旺盛である。特技が故マイケル・ジャクソンの技、「ムーンウォーク」という。興味が湧く。やってみてください、と頼めば、「一瞬ですよ、一瞬」と笑って、立ち上がった。前に歩くような足の動きをしながら、後ろにからだを滑らせていく。
巧い。拍手をすれば、小坂は満面の笑みを浮かべる。
「必死に練習したんです。私のオーラ、感じとってくれましたか」

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夢は。

「世界へいきたい。オリンピック出場なんて大きなことは言えませんが、いつか世界の舞台に立ちたいのです」
ビッグ・フット小坂。持ち前の脚力を武器にガールズケイリンで自分のレースをつくり、世界へと飛んでいく。
ムーンウォークの如く、滑らかに。