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『諦めない限り、負けはない~滝澤正光校長編④~』

2013/03/15

滝澤正光校長は1960(昭和35)年生まれ。中学、高校ではバレーボール部に所属し、1978(昭和53)年、日本競輪学校に体力テストによる適性試験で入学した。
高度成長時代の70年代、「熱血!青春漫画」「スポ根ドラマ」が子どもたちをトリコにしていく。何度も挫折しながらも不死鳥のように立ち上がり、巨人の星へと駆け上がる飛雄馬が主人公の『巨人の星』。
さらには主人公が鉄ゲタを履いて走り回っていた『柔道一直線』、伊達直人が“虎の穴”でベルトコンベアを走らされていた『タイガーマスク』、強くなるため山籠もりを繰り返す『空手バカ一代』、特訓に次ぐ特訓に挑む『ミュンヘンへの道』、天涯孤独の少年、矢吹丈がボクシングの才能を開花させていく『あしたのジョー』…。

劇画タッチに変身
 山籠り、猛練習に憧れて


―スポ根劇画全盛の青春時代です。競輪学校もいわば“虎の穴”みたいなものですね。
「“巨人の星”や“あしたのジョー”などを見ながら育ってしまったので、劇画タッチに自分を置きかえられるのです。“柔道一直線”の鉄ゲタや、“空手バカ一代”の山籠もりなど大好きでした。ミュンヘンへの道を見て、なんだか燃えて、バレー部に入ったんです。猫田の天井サーブ、森田の一人時間差…。懐かしいですね。
バレーといえば、劇画でなくても、(1964年東京五輪金メダルの)女子バレーの大松博文監督の猛特訓なんてびっくりです。最近テレビで見たんですが、夕方5時から翌日の朝まで12時間も練習していたそうです。あれ見て、おれ、まだまだ練習足りなかったなあって…。ははは。とにかく、おれたちは、労力を惜しまない。効率よく強くなろうなんて、思わなかった。無駄がそのうちに必ず、役に立つ。山籠もりや猛練習、それをやれば強くなると信じて、練習ばかりをやっていました。そこが生き様につながる。この先どうなるかわからないけれど、絶対プラスになると思えば、どんなものでも受け入れることができました」

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―競輪学校も規律、規律です。
「将来、競輪選手に必要なことだから、そうなっているわけです。それくらいの規律はしっかりできないと、卒業して競輪のレースはできません。競輪は見せるだけのレースではない。おカネがかかってくるのです。しっかりしていないと自分が持たない。責任と自覚、そういったものを生徒に伝えていきたいのです」

―学校は団体生活です。集団行動を厳しく指導される。自由な時間がありません。
「すべて修行だと思ってやるしかない。自分もそうだった。自分は学校時代、暗かったですよ。同期の中では目立たない存在でした。適正で入って、弱いでしょ。まったくうだつがあがらなかったんですから。ただ志だけはすごかった。恐ろしいほどの勘違いですけど。どういう思考回路でそうなっていたのかわかりません。練習日誌には特別競輪制覇ですから。それは同部屋のやつにも見せませんでした。笑われますから。ははは。当時、草野球やっている選手がメジャーを狙っているようなものでしょう」

―でも目標を達成します。願うということが大事なんですね。願えば叶う、のですか。
「最近、学校の朝礼で話しました。常にこうなりたいと思っていないといけないと。ほら、流れ星が出た時に何か願い事をするじゃないですか。ふだん思っていないと、流れ星の時、とっさに言えませんよ。常に思っていることが大事なんです。受験勉強も一緒でしょ。便所の壁に“合格”とかの紙を張る。目標を意識し、そのために何をしなければいけないかを考え、実行することが大事です。これとこれをやっていくみたいな」

学校の理念は先行ありき 
 生徒と真剣勝負 自分と向き合う

―特に校長は先行選手を育てようとしています。なぜですか。
「学校の理念が先行選手の育成です。グランプリで先行逃げ切りで勝つ、海外で活躍する先行選手を育てる。それが理念だから、基本的には先行の選手を奨励しています。追い込みの練習はしない。学校を出たばかりの選手はテクニックが甘くて危ないと言われたことがあります。でも先行が優先です。学校は先行が基本ですから。
なぜ先行選手を育てるのか。学校で先行逃げ切りで勝つのは至難の業です。当たり前です。ラインがないから。やっぱり困難なことなんです。困難なことは最初からわかっています。でも学校では困難に立ち向かっていく、強い気持ちを育てたいんです」

―つまりは困難にも逃げるな、ということですか。
「そうです。逃げない。もうひとつの理由は、先行するとうしろの状況がわからない。前しか見えないから。そうしたら何が大事になるかというと、自分自身なんです。自分がしっかりしてないとどうしようもない。だから、自分自身を鍛えるためには先行が一番です。それで奨励して、がんがん先行で行かせています。自分のエリート教場は多い時は10何人いたんですが、今は3人になってしまいました。もうマンツーマンです。たぶん、この選手は強くなるでしょう。ふるいにかけられ、勝ち残った選手ですから」

―すごい選手ですね。滝澤校長の指導に頑張りぬくとは。
「おれだって、もし生徒だったら、こんな熱いおやじは嫌だもの。勘弁してよ、と言いたくなるでしょ。はっはっは」

―それでも厳しい指導は変えないわけですね。それも信念ですか。
「もちろん、縁があって、ここ(学校)にきたわけですから。わたしは学校を卒業する時、つらい思い出しかないから、学校にはもうくることはないだろうと思っていました。でも、ご縁があって、ここに来た。ならば、生徒と真剣勝負で向き合いたいのです。妥協しないでやっていきたい。逃げるな、と言いたい。彼とか、彼女とか、頑張ることを信じてやっていきたいのです」

―逃げるな、いい言葉です。校長の人生のモットー、“一歩踏み込め、そこは極楽”に共通するものですね。
「そうです。逃げない。立ち向かえ。“一歩踏み込め、そこは極楽”は自分の競輪人生を支えてくれた言葉です。作戦は考えますが、とにかく前に出ろと。それからだよ。ここから出ていったら、まくられるんじゃないか。差されるんじゃないか。そんなことわからない。まず出ろ。作戦は出てから、考えろと言いたいのです」

―先行の良さは。
「周りが見えないので、自分との勝負になる。自分がやってきたことを信じるしかない。これは自分と真剣に向き合える戦法なんです。まず先行。生徒からプロ選手になってから、自分の脚質にあった戦法をとっていけばいい。基本は先行。自分を信じる。先行は一番の教材となるのです」

前へ。困難に立ち向かう強さ

―なんだか生き方にも通用しますね。
「ラグビーの北島先生(忠治=故人、元明大監督)のドラマを見たことがあります。北島先生は、“前へ”です。人生に置き換えると、一回よけて通ることをおぼえると、そういう生き方をしてしまう。だから学生の時は前へ、前へでいいんです。学校の時は、前へ前へ、真正面からぶつかっていく。そういう志を植え付けることが大事なんです」

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―まあ、どちらかというと不器用な生き方ではあります。器用ではないですね。
「いいんです。器用な人はすぐにできるからすぐ、忘れてしまう。不器用な人は苦労してやっとつかむから、長持ちします。からだに沁み込むんです。だから、競輪用語で“素質も3年”という言葉があります。いくら素質があっても練習をしなければ3年という意味です。器用な人はそれだけで終わってしまうと、才能を生かしきれない。わたしも、先行選手として思いますけど、最初からうまくいったわけではない。でも挫折も大事なんです。あとでそれが生かされるような人生を送ればいいんです。挫折を挫折で終わらせず、乗り越えていくことが大事なんです」

―挫折も悪くないということですか。
「そうです。だから、競輪学校ではどんどん負けろと言っています。ここで勝つことばかり覚えると、あとで苦労するぞって。どういう風に苦労するかというと、すそ野が広がっていないから、狭いすそ野で勝ちを重ねて上にばかりいくと、安定感がないから、すぐに倒れてしまうのです。学校ではすそ野を広げる時期。これくらい負け方を知っていますよくらいの勢いでいけって。あはは。これ以上の負け方はないです、というくらい覚えてから出ていけって」

―あまり負け続けると、負け癖がつくことはありませんか。
「負けっぱなしで終わると負け癖になるかもしれない。でもそれを乗り越えていくようにしろと言います。負けたら、今度はこうしよう、ああしようと工夫するようにする。それをしないとダメでしょ。ただレースに出ました。負けました。何もしない。出ました。負けましたでは進歩がありません。レースに出て負けました。なら今度はこうやってみよう。また負けたら、次は違うカタチでやってみようとするわけです。そうすることで、すそ野が広がっていきます。そういう風な負け方をして、乗り越えていってほしい。選手の時、よく思っていたのは、あきらない限り、負けはないな、ということです」