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『自転車に慣れろ。練習して強くなれ ~滝澤正光校長編②』

2013/03/06

鼻がむずむずする。
2013年2月下旬。伊豆の“お山”にもスギの花粉が飛んできた。花粉症の教官、生徒はたまらない。333メートルピスト、通称「さんさんバンク」。滝澤正光校長は白いマスクを付け、明るく声を張り上げた。
「おお、花粉がきたぞ。おれの野性的な勘がさく裂だぁ」
滝澤校長がいると、なぜか空間にも活力がみなぎる。熱が生徒たちに伝わり、動きがよくなる。
ロードレーサーを調整している選手をつかまえ、笑顔で話しかけた。
「おまえ、強くなったなあ」
「いいぞ。よく攻めているぞ」
そう言われた選手は顔をくしゃくしゃにする。校長から見られているというのがうれしい。ほめられると、さらにやる気がます。

練習、練習、練習。自転車に乗れ  

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 滝澤校長は一貫して「練習の大事さ」を説いている。「とにかく練習して強くなれ」と何度も言う。「頭でいろいろ考えるより、先にからだを動かしてみろ」「まず汗水流して、苦労して強くなれ」と。
練習にはもちろん、自転車以外の器具を使うトレーニングもある。ひょっとすると乗り込み以上の効果を出すものもあるかもしれない。でも、滝澤校長は「自転車に乗れ」と指導する。
「私の考えが古いんですけれど、競輪は道具を使うスポーツだから、まず道具に慣れるしかないんです。やっぱり道具を使った訓練が一番なんです。基本は自転車に乗ることを目指す競輪選手ですから」
自転車に乗れ、と言えば、
「では、どのくらい乗るのですか?」
と聞いてくる。
「受け売りで冗談ですけど、サドルから煙が出るくらい乗れって。もちろん、絶対、煙が出ることはないですよ。それくらい乗れって」
訓練の一環として、伊東温泉競輪場で『展示訓練』に出掛けたことがある。お客さんの前での模擬レースである。
客の声援が聞こえると、どうしても緊張感が高まる。これでカネがかかれば、どうなるのだろう。
滝澤校長は言葉を続ける。
「レースで負ければ、やっぱりお客さんからの叱咤激励が飛んできます。その中で緊張するんです。自分のために勝ちたいし、お客さんのためにも勝ちたい。テンションが上がる。そんな時、一番大事なことは、頭が真っ白になっても、からだが勝手に動くくらいじゃないといけないんです」
自転車に乗って、乗って、乗って、自転車に慣れ親しんで、自転車をからだの一部とするのである。
「どんなに頭が真っ白になっても、自転車にまたがったら、勝手に脚が動いてしまう。そうなるためには人の常識を越えた練習をしないといけないのです」

でかい山を目指せ
特に競輪学校では、からだに覚え込ませる時期なのだろう。戦略でも戦法でも、プロデビューしてから考えるようにすればいい。まずは乗り込み。そう信じている。
「何も考えなくても、からだが勝手に反応するくらい、からだにたたき込めって。これからの長い競輪人生の中でそういった時期って必要だと思うんです」
いわば不条理な練習、理不尽なトレーニング。非科学的かもしれないが、そういう練習をやった人間がどんどん強くなっていく。困難に逃げずに向き合えた選手が、勝利に近づくことになる。
「そこが強くなるかどうかのターニングポイントでしょう。栄光をつかむためには代償もでかいですよ。やっぱり、いい思いをするためには、何かを代償として犠牲にしないといけないわけじゃないですか。大して努力もしていないのに、見返りだけを期待するのはダメでしょ。そんなうまい話はない。いい思いをするためには、自分を律して、人の何倍も厳しい練習をやっていく必要がある。それが当たり前のようにできれば、いずれ自分がなりたい目標に手が届くでしょう」
学校を卒業し、プロでデビューする。勝負はそこからである。小さい山を目指せば、努力も小さくなる。大きな山を狙えば、努力も大きくなる。だから、「でかい山を目指せ」と滝澤校長は言う。
「世界一を目指すことができれば、日本一も到達できるでしょう。その時、自分がやらないといけないことが見えてくる。やっぱり、選手たちは今、大きな山を目指し、練習をやる時なんです」
何度か書いたけれど、学校生活はいわば、修行である。禁酒禁煙は当然として、携帯電話も禁止。恋愛禁止。へ理屈をこねず、素直に規則を受け入れ、自転車に没頭すれば、規律や力は備わっていく。
「携帯を使えないことにも、ちゃんと理由があります。この学校で何事も素直に受け入れられる生徒が、卒業してからも、いろんなことに素直に対応していけるようになる。練習にしても、生活にしても、人間関係にしても、いろんな意味で人間のキャパを広げてくれることになるのです」

自分を信じられるか
 1番にこだわる勝負人生

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生徒はよく、「グランプリ優勝が目標」という。それはいい。
だが、そのためには何が必要かを冷静に考えないといけない。どれほどの練習をすればいいのか、と。
男子は今期、36人。この中から特別競輪で優勝する選手が出るかどうか。
女子のガールズグランプリにしても、そう簡単には出場することができない。ただ、今は全員に優勝する可能性はある。
「要は自分の可能性を信じられるかどうかです」
最後はそこの勝負となる。自分を信じられるかどうか。自分ならできる、そういう信念を持てるか。滝澤校長は現役時代の特別競輪を思い出す。確かに賞金数千万円だもの、緊張は高まる。でもやることは普通のレースと同じなのだ。心が少々揺れても、自分を信じることができるかどうか。
「ちょっと生意気な言い方ですけれども、自分なりにやることをやってきたなと思えば、心がスーッと落ち着きました。どんなレースでも自分にはウソはつけない。大方やるべき練習はやってこられたという時は、すごく落ち着いてレースができました」
そんな時、勝てると思うのでしょうか。と聞けば、即座に否定された。
「いや、勝とうと思うと願望になるから、弱いんです。これだけやったら負けられないという気持ちが強かったですね。ファンの支持が高い時はプレッシャーにもなりましたけれど、力にもなりました。とにかく負けられないという風に自分を追い込んでいました」
そうやって自分を信じ、滝澤校長は現役時代、勝利を積み重ねていったのである。

余談ながら。
校舎の横に車の駐車場がある。校舎に一番近いスペースにはいつもシルバーの車が止まっている。ナンバープレートが「1」。滝澤校長の愛車である。
8年ほど前、何度かの抽選を経て、この番号にたどり着いた。
なぜ、と聞けば、滝澤校長は笑った。
「現役時代だから、1番にこだわっていたんです。要はわかりやすい性格なんです、私は。何でも1番をとりたいと思っていました」
1番にとことんこだわる。それが競輪界の怪物の信念なのである。