プロデビューを目指す競輪学校生徒サイト

『最後の挑戦。真実一路、燃え尽きるまで~猪子真実』

2013/02/16

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初めての実習訓練だった。
1月某日。生徒たちは、大型バスで約30分かけ、伊東温泉競輪場に乗り込んだ。高台の崖を切り崩して造成された競輪場。2組に分かれての施設見学では、「大輪荘」という宿舎をのぞき、坂道をのぼって投票所があるスタンドも見て回った。
いつだって競輪ファンの夢と落胆がただよっている。尋常ではない独特の熱気も交じる。どこか空気がどんよりしている。
猪子にとっては、特に驚きはない。なぜなら、10年ほど前、競輪場で約3年間、アルバイトとして働いていたからである。
「普通の子がみたら、わっと思うでしょうけれど、若い時、こういったところで働いていましたから。まあ、熱が入ったお客さんが多いなって思っていました。ヤジもすごくて…。おカネをかけているから、しょうがないですよね」
時には、猪子がレースの優勝者に花束を渡すこともあった。競輪選手は近くで見ると、カッコよかった。どこが?
「スピード感とか、肉体美とか」
人生とは不思議である。まさか、その競輪場で自分が選手として走ることになるとは。
「なぜ、また自分にチャレンジするのかといえば、単純ですけれど、人生をもっと楽しみたいからです。人生、一度しかないので」
瞳は湿り気を帯び、キラキラ輝いている。言葉の語尾に少し力がこもる。目を閉じて聞くと、アニメの『リボンの騎士』や『ドラえもん』の登場人物の声のような響きがある。
「声がアニメっぽくて、周りの人は笑っちゃうらしんです。でも好きでこの声じゃないですよ。自分では普通だと思っているんですけど。はっはっは」
施設見学の後は、「サンサンバンク」(333㍍バンク)で周回訓練に移った。楽天家のようで、どこかストイック。ペダルを踏む。ひたすら踏む。32歳のアスリートは言った。
「これが最後のチャレンジだと思ってやっています」

ソフトテニスは燃え尽きた
    ガールズケイリンで感動を


名前は「真実」と書いて「まみ」と読む。「真実一路」。真実のみを信じ、それを貫くことである。
名前のごとく、誠実に生きてきた。愛知県出身。小学校2年生の時からソフトテニスを始め、全国のトップクラスまで駆け上がった。スポーツ推薦で進んだ愛知淑徳高で、インターハイ(全国高校総体)では個人ベスト16、団体3位の結果を残した。
高校卒業と同時にソフトテニスはやめた。「テニスは燃え尽きました」と漏らす。卒業後、競輪場でアルバイトをし、かばん販売の会社に就職した。安定していた。しかし、なにか物足りなさが頭をもたげる。
「普通に働いていたら、感動はないじゃないですか。チャレンジが好きなんです。富士山に登ったり、マラソン大会に挑戦しようとしたり…」
そんな時、知人から、『ガールズケイリン』のスタートを知った。自転車には取り組んだことはない。でも興味は沸いた。年齢を考え、躊躇する自分がいた。
一期生の募集には応募しなかった。その一期生の年齢や合格タイムを聞いた。「ひょっとして、わたしもイケるかな」と思った。アスリートの魂が胸の中で騒ぎだした。
ニ期生の試験に向け、仕事の傍ら、トレーニングを始めた。高校卒業後、本格的なスポーツは何もしていなかったので、体力を取り戻すのに難儀した。朝早く起きて、一宮市の自宅のそばの木曽川の堤防をランニングした。シャワーを浴びて、会社に向かう。
アニメの『明日のジョー』や青春ドラマのワンシーンのようだった。青春といえば、猪子は声を出して笑った。

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「青春? いい年して。はっはっは。まず基礎体力が落ちていたので、戻すのが大変でした。走ることひとつでも必死でした」
努力の甲斐あって、競輪学校に合格する。高校時代も厳しい環境でスポーツに打ち込んでいたので、競輪学校の生活はある程度、予想できていた。
一番、大変なことは?
「訓練です」
楽しみは?
「やっぱり一番はタイムが縮まっていくことです。訓練は大変だけど、結果がタイムにパッと出るじゃないですか。0コンマ何秒って。これまでやってきたソフトテニスはタイムではなく、相手との勝負でした。競輪では結果が明確に出る。そこには違う緊張感があります」
もっともシビアなスポーツの世界が不得手ではない。厳しさゆえの楽しさもわかる。努力なくして成功なし、である。
「しんどいことしないと、勝ったときはうれしくないじゃないですか。人一倍の努力をしないと、喜びが少ない気がします」
ガールズケイリン挑戦を両親に告げたら、最初はびっくりされた。でも反対はされなかった。頑固な猪子の性格を熟知されているからだろう。
「はい、頑固ってよく言われます。師匠(笠松信幸)にも、もっと素直になれと言われます。自分が納得していないと顔に出ちゃうんです。はいはい、と聞けない」
性格はそう、簡単には変えることはできない。強い選手はみんな、素直な性格といわれるけれど、やっぱり強い人でも素直じゃない人もいると思う。そう話しながら、突然、プッと吹き出した。
「そんなことを言うのが素直じゃないんだ。でも仕方ない。ははは。わたしは今の性格でやっていくんだという覚悟です」

競輪場をお客さんでいっぱいに。我が道を行く。
 
卒業すれば、すぐ5月にプロデビューとなる。目標は?。「みんな、すごいこと言っていますよね」とリアリストは笑った。
「でも、わたしは今の実力から大きなことは言われないので。もっと力をつけて、グランプリで優勝したいと言えるようになりたい。そう言えるぐらいの自信をつけたい。そのためには練習です。練習、練習、練習です」

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とくに若手には負けたくない。どこで勝負するのか。
「負けても、歳のせいにはしちゃいけない。若い子にないものって、きっとあると思うんです。例えば、経験、例えば、冷静さ、考える力…。そういうもので、目標はまず、グランプリに出る力をつけることです」
その通りだろう。くぐり抜けてきた人生の修羅場の数が違う。競輪場で働いたこともあってか、競輪の人気の低落傾向に心が痛む。競輪界が盛り上がってほしいと願っている。
「自分が頑張って、競輪界がもりあがってくれればいいと思います。せっかくガールズケイリンができたんです。力の差をなくして、オモシロいレースができたら、競輪の魅力アップにつながると思います」
好物がチョコレートと、ホタルイカの沖漬け、「コノワタ」。実は酒は下戸である。
「お酒を飲みそうだといわれますけれど、飲みません。酒なしでも、コノワタがあれば、ご飯が進みますよね」
ゴルフが得意でラウンドを90以下のスコアで回ることもある。そういえば、競輪学校の演芸大会ではアイアンでゴルフボールをこんこんこんこんとお手玉みたいに弾く妙技を披露した。喝采を浴びた。
夢は。
「競輪場をお客さんでいっぱいにすること。いろんな人に応援してもらいたい。友達はすごく応援してくれているので、わたしを知らない人にも応援してもらいたい」
だから、真っ向勝負。同期には負けたくない、一期生にも負けたくない。ルックスでは負けないでしょ、と話題を振れば、いやいやと端正な顔を崩した。
「脚で勝ちたい」

いざ勝負。ペダルを踏み続ける。ガールズケイリンで燃え尽きるまで。