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『完全燃焼へ、一生懸命~明珍裕子』

2012/12/31

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克己の日々である。

朝5時の10分前。明珍裕子はきまって、寮の玄関に降りていく。外は氷点下。手がかじかむ。ストレッチでからだの筋肉をほぐす。
5時ちょうど、玄関のカギが空く。ドアを開け、ヨシッと外に出る。空には朝星。頭を右に左に動かす。回す。吐く息は白い。冷気が肌を刺す。
「自分の中で生活のベースとして、アサレン(朝練)は必ずというのがあります。確かに朝、起きられないとか、からだがきついなと思う時もあるけれど、止めてしまったら、どこかに甘さが出てしまうと思うのです」

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師走某日。この日は屋内でローラー練習に取り組んだ。ローラーの上でレーサーのペダルを踏む。凛とした空気の中、ローラーが高速で回転する金属音が響く。
「今日はローラーで、早いペースで回して回転を意識して練習しました」
端正な顔を少し崩す。笑顔がステキだ。茶色がかった澄んだ瞳。じっと見つめられると、つい吸い込まれそうになる。

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朝の自主練習は、ほとんど休んだことがない。モットーが『一生懸命』。155㌢、52㌔。小さなからだには覇気が満ちている。
「からだが小さいですし、素質はあるかといえばないほうなので、がんばるしかないのです。もともと瞬発力があるわけでないので、できるだけ練習量を多くしていきたい。自信じゃないけど、それをプラスに変えていくことができればいいなと思います」
純粋である。健気である。だから、まっすぐ鍛練に向かっていく。朝の体操のあとの「錬成」。競輪学校名物の145段の急こう配の階段も一気に駆け上る。
頂上に着くと、枯れ木の間からおだやかな富士山が見える。雲ひとつない青空。雪で真白な日本一の山がそびえている。
明珍は苦しい時、よく空を見る。落ち込んだり、練習がしんどかったりすると、人はどうしても下を向きがちだ。
「でも下見てもコンクリートだけ。パッと上を見上げたら、青空が広がっていたりします。なんか、壁がなくみえるんです。どんな時でも“なんとかなるんじゃないかな”と思えてくるんです」
上を向いて生きよう、である。一度きりの人生。何事にもチャレンジ、自分の置かれた境遇に全力を尽くす人生。それが明珍の楽しく生きる術である。

福島の人って、根性があるんじゃないですか

福島県出身の23歳。
自転車ファミリーで育った。父の周男は元競輪選手(41期)、兄の周平もアマチュア自転車ではトップクラスの選手だった。
明珍は小学校の時、ミニバスケットボールを始め、中学校ではバスケットボール部に入った。高校に進んでもバスケットボールを続けようと考えていた。
転機は、中学校3年生の時だった。文化祭の振り替え休日、国体に出場した兄を家族で応援にいった。母親が知り合いの鹿児島の自転車関係者と話をしていたら、その人に冗談交じりに言われた。「鹿児島で自転車、やってみないか」と。
素地はあった。小学校の頃から、兄の応援で自転車競技を見るたび、面白そうだな、と感じていた。「いつか自転車に乗ってみたいな」という思いはあったのである。
そうはいっても、福島から九州の鹿児島である。家族はもちろん、親戚も近くにはいない。なのに、明珍は決断した。桜島のふもとで自転車にチャレンジすることを。
「人と変わった人生を送りたいな、と思っているんです。中学の流れで地元の高校にいくより、知り合いがだれもいない土地にゼロから飛び込んでいく。挑戦することに、ちょっとワクワク感があったのです」

結局、鹿児島実業高で自転車に没頭し、岐阜の朝日大学に進学する。ここでは「徹底すること」の大事さを学んだ。
規律である。食事でも、健康管理でも、大学の授業でも、きっちりしないと、それが自転車レースの勝負どころに出る。成績が伸び悩んだ時があった。なぜだろうと考えたら、授業に遅刻したり、朝の心拍や体重測定をおろそかにしたりしていたそうだ。
「私生活で、こんなの関係ないだろうと思ってしまうと、やっぱりそれまでなんです。日ごろの生活に甘さがあると、肝心の試合で負けてしまう。でも、がんばろうと思って、きちきちとやっていたら、どこかでプラスになるんです」
だから、一生懸命なのだ。大学の監督からは、「試合に出るからにはナンバーワンを狙え」と指導された。調子が悪くても勝てと何度言われたことか。勝負魂が備わった。昨年2月のアジア選手権ではロードレース16位。
「自転車は大学4年間じゃ、物足りなかった。就職活動もしたけれど、自分の中では自転車を続けたい。もっと強くなりたいと思っていました」
絶妙のタイミングだった。昨年、大学を卒業し、トレーニングを積んで、競輪学校の試験を受けた。

「なぜ、ここ(競輪学校)にいるかというと、一番の理由は自転車が大好きだからです」

大学ではロードレースがメインだったため、持久力と粘り強さには自信がある。登り坂の強さから、箱根駅伝で活躍した柏原竜二をだぶらせ、『山の神』と形容されたこともある。
「どちらかといえば、自分は山を登るのが好きですね。山って、もう自分との闘いというか、根性じゃないですか。ダメだと思うと足が止まる。でも、まだいける、まだいける、と思うと、足が自然に(ペダルを)踏める。回ってくれるのです」
そういえば、明珍も柏原も福島出身。ほんとうだと言って、小さく笑う。
「どうなんですかね。福島の人って、根性があるんじゃないですか」
反面、瞬発力、スピードはまだ弱い。ただ競輪学校の訓練のお陰で下半身がたくましくなってきた。ダッシュ力がついてきた。教官によると、「パワフルになった。短距離の踏み方になってきた」という。
パワフル、パワフル、力モリモリといった感じですね。と言うと、しきりに照れた。笑顔で手をふる。
「まだ力モリモリまでいきません。モリまでもいっていない。モリモリのモぐらいです」

とにかく完全燃焼したいです。

からだ付きもだが、心の持ちようが変わってきた。これまで周りのことを気にしてしまうことが多かったけれど、最近、自分のことに集中できるようになってきた。
父からも言われたことがある。「周りは気にするな」と。
昨日の自分より、今日の自分。今日の自分より明日の自分。そうやって、明珍は着実に成長しているようだ。
この礼儀正しさは親のしつけか。愛嬌もあるから。学校の「アイドル」的な存在となっている。ははは、と笑う。
「本当はアイドルっていうキャラじゃないんです。“女子力”ゼロですから。明珍は女子力がないとみんな言います。日焼け止めクリームを塗る時はばーばーとがさつだし、洗顔の仕方も男っぽいとか」

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夢は?
「夢、夢…。なんだろう。ガールズグランプリは絶対乗りたいと思っているけど…。優勝したい。とにかく完全燃焼したいです。そうだ、夢は完全燃焼、いろんな意味で。あっ。宇宙にもいってみたいと思います(笑)」

夢は、すべてにおいて完全燃焼。
だから、一生懸命に生きる。
小さなからだが燃え尽きるまで。