プロデビューを目指す競輪学校生徒サイト

『涙の決意。オンリー・ワンに~石井貴子』

2012/12/25

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いわば青春の蹉跌(さてつ)である。 

試練である。「がんばり屋」の石井貴子はどん底を味わった。
競輪学校では、練習をすればするほどタイムが伸びた。だから、朝の自主練習から、夕食後の自主練習まで、ひたすらペダルをこぎ続けた。もがき続けた。毎日が充実していた。
自分で決めた。朝練ではできるだけ最初にいって、夜の自主練習では最後に帰ってこようと。努力は裏切らない。それがポリシーだった。
朝の自主練は欠かさず取り組んだ。白いスポンジが水を吸い込むように、すべてが力になっていく。練習休みの日曜日でも、朝から晩まで自転車に乗っていた。
だが状況が暗転する。9月、からだの両ひざが悲鳴をあげた。オーバーワークにより、ひどい痛みが出始めた。スムーズにペダルを踏むことができなくなった。
自転車を本格的に初めて1年目の頃だった。ひとことでいえば、がんばり過ぎたのだった。
師走某日。ケガに苦しんだ日々を思い出し、石井は両手で顔を覆う。小声で漏らす。

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「練習が楽し過ぎて。夏以降まで、ずっと練習をしていました。ずっと…。がんばれば、努力すれば、なんとでもなると思っていた。その分、自分のからだのケアの仕方を知らなかったのです」
皆勤賞を狙っていたが、ひざの痛みで練習を休まざるをえなくなった。また思い出し、鼻をぐすんと鳴らす。
「練習できないことがつらくて。ずっと泣いていました。悔しくて。泣き虫なんです。もう毎日のように泣いて」
教官に相談すれば、「休養も練習のうち」と言われた。同じ競輪学校の生徒で、姉の寛子もやさしく言ってくれた。「辛抱して休んだほうがいいよ」と。
じつは、モチベーションも落ちた時がある。いまは姉やみんなと一緒に練習に励むことができるけれど、つい先日まで、ひざの痛みで苦しみ悩んでいた。
「自分だけ練習ができないのがすごく悔しくて。なんか、心までダメになっていたんです。…。すいません」
よほどつらかったのだろう。そう言うと、右手で目元を押さえた。瞳から大粒の涙がぽろぽろっと落ちた。


つまりは「オンリー・ワン」である。

石井貴子、24歳である。26歳の石井寛子の妹となる。
転機は、2011年3月11日の東日本大震災だった。
普通のショップ店員だった。東京・渋谷のショップで働いていた時、地震を体験し、何かが変わった。世の中、何が起こるかわからない。人生は一度きり。惰性で生きている場合ではない、と思った。
「日々、一生懸命に生きたい。自分にしかできない生き方を、人生が楽しくなるようなことを無性にしたくなったのです」
退職のことを仲良しの姉に相談した。すると、一緒にガールズケイリンにチャレンジしないかと誘われた。「そういう人生もありかな」と楽しい気分になった。7月、退職願を出した。
「なんだろう、なんか、フツーではないじゃないですか。それがよかった。そうそう、スペシャル感。人とは違う人生を歩みたいと思っていたのです」
つまりは、『オンリー・ワン』である。ガールズケイリンでプロとしてカネを稼ぐ。そのために競輪学校に入って、修行僧のような過酷な訓練に励む。これって、間違いなく、特別な生き方だった。
それまでは、どこか漫然と生きてきた。高校の陸上部でやり投げをやり、東洋大ではフットサルのサークルに入った。
「お遊びのサークルでした」
大学を卒業し、普通に就職した。どこかで自転車競技のトップクラスの姉の生き方を羨ましく感じていたのかもしれない。
姉には何でも相談する。競輪学校の寮の部屋は別だけど、よく姉のところに遊びにいく。競走訓練の後なら、一緒にビデオを見てアドバイスをもらう。ふっと笑う。
「ふだんは恋愛の話もしますよ」
性格は姉とまったく違うそうだ。周囲の評価は姉がきつそうでクール、妹はほのぼののおっとりタイプ。
「姉はかなりマイペースなんです。一緒に出かける時、(姉は)支度が遅いので、“早くいくよ”ってこっちが引っ張ります。私のほうが本当はしっかり者です。」

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姉からのアドバイスは?
「競走でのまくり方や周回の仕方も教えてもらうけれど、“素直さが大切だ”って言われますね。人の意見をぜんぶ聞いて、とりあえずやってみろって。素直に先生の言うことは聞くようにしています。あっ。でも姉の言うことはあまり聞かないかな…。ははは」

負けん気は人一倍強い。卒業認定試験の学科では一番になった。
「負けたくなかったんです。ぜんぶ、100点をとりたかったけれど、ダメでした(笑)。できれば競走でも勝ちたい。ただ優勝より、いまは先行したい。先行選手になりたいのです」

話を戻す。
ケガでどん底の時、教官に相談したら、「目標を忘れるな」「ここがゴールじゃないのだから」と言われた。つまりは、目先のことにとらわれず、ケイリンデビュー後、3年後、5年後のために今を生きろ、ということだ。
気分がすーっと晴れた。たぶん、ケイリンの神様が「練習だけでなくからだの手入れも大事だよ」と教えてくれたのだ。
「ケガをしたことですごく勉強になりました」
笑顔がよく似合う。ふくよかな顔立ちである。泣いた分だけ、人は強くなる。笑顔に味が加わる、きっと。
 

姉と「ワンツー・フィニッシュ」

目標は「先行逃げ切り」である。ケガのあとはひざに負担をかけないよう、先行はしないようにしていた。でも、「もう、いいや」とふっきれるようになった。無理はしないけれど、「最近は先行を意識して走るようにしている。」と笑う。
目標はまず、卒業記念レースの決勝を走ること。プロ1年目でガールズグランプリに出場すること。さらには、姉と「ワン・ツー・フィニッシュ」をすること。
「もちろん、自分が一番です(笑)」

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趣味は読書。とくに村上春樹の本を好む。イチ押しが「羊をめぐる冒険」。旅行も好きだ。競輪学校に入校する前、好物のインドカレーを食べるためインドを友人と旅した。ちゃんとガンジス川にも浸かった。
さてクリスマス。プレゼントは何をほしいか? 何でもOKと言われたら。
しばし熟考。ぱっと顔が明るくなった。愉快そうに笑う。
「丈夫なからだ。手首もなんだか痛いんです。サンタクロースにお願いをしておいてください。練習が思い切りできる丈夫なからだがほしいって」
丈夫なからだは訓練でつくっていくしかあるまい。

オンリー。ワンに。

もう涙はいらない。