プロデビューを目指す競輪学校生徒サイト

『夢を、あきらめない~頑固な梶田舞』

2012/12/21

人が変わる。
自転車に乗ると顔付きが変わる。目がこわい。よく、そう言われる。
師走某日。1周400㍍の『400ピスト』。50周の周回訓練で、梶田舞は寒風のすき間をついていく。オレンジ色のカーボン製ディスクホイールが回る。周を重ねるごと、上体は低くなり、目つきは鋭さを増していく。

20121212_60G0372.jpg

視線の先は?
「えっ。前の人しか見ていません。やっぱりみんなで走っているので、前の人だけでなく、前の前の人も見ていますけど。どう走ったら効率いいかなって、いつも考えています」

先導の教官のバイクのうしろに9車がきれいに一直線に連なっていく。順番は一周ごとに入れ替わっていく。ひたすら周回。ペダルを踏む、足を回す、単調ながら極度の集中力が求められる。
「一番気にしているのは、踏み足のことです。効率よくペダルを踏むことが、一番速く走ることにつながると思います。自分にとって楽なフォームがあれ(低い姿勢)なんです」

必死ですから。 

訓練後の寮である。
自転車から降りると、二重マブタの目がやわらかい。ほっぺが赤く、おっとりした雰囲気が漂っている。

20121212_G4C1507.jpg

訓練中と感じが違いますね、と言えば、少しはにかんだ。
「そうですか。周りからよく言われますけど。必死ですから」きっと頑固で負けず嫌い。自分でこうと決めたら、一直線にむかっていく。純粋なのだろう。競輪学校入校後、滝沢正光校長のスタイルだった「先行逃げ切り」がいいと決めれば、とことん先行にこだわっている。
「じつは…」と、小声でもらした。
「きょうソツニン(卒認)で落ちてしまったんです。先生方からは、先行ばかりしないでまくりもしてみろと言われたのですが」
卒認、つまり実技の卒業認定考査では8本走り、上位4本のタイムのトータルで合否が決まることになる。だから、1本失敗で不可となることはない。ただ梶田は落ち込んでいた。先行を意識するあまり、誘導中の先頭員の後輪に差し込んでしまったのだ。
「でも、先生方には“いいです”と断らせてもらいました。自分の中で先行すると決めているので。いまは先行する脚力をつけて、どんな戦法の相手にも、追いつかれない脚をつくりたいのです」

滝沢校長からは、「いまのままでいいけれど、もっと(ペダルを)踏めるように」との助言を受けた。先行するためには、もっと脚力アップが必要だろう。だから、日々これ、精進を続けているのである。

加瀬さんに勝てる脚力はまだ全然ないですけど。

 ガールズケイリン1期生で「先行」といえば、加瀬加奈子である。梶田は、加瀬と不思議な縁がある。
梶田は何度か、加瀬と勝負したことがある。自転車でなく、トライアスロンで。梶田は日体大でトライアスロン部に入った。1年余でやめたけれど、卒業後の2010年6月、トライアスロンの関東選手権に出場した。
加瀬が11位、梶田は5位で入賞した。だがバイク(自転車)のラップは加瀬が2位、梶田は7位だった。
「その時、加瀬さんを初めて知ったのです。自転車がものすごく速かった。雰囲気でもオーラがあって、目立っていましたけど」
昨年、ガールズケイリン二期生に挑戦しようと決断したあと、加瀬が一期生にいることを知った。驚いた。いまは先行の加瀬に近づきたいと思っている。目標である。
「加瀬さんに勝てる脚力はまだ全然ないですけど。訓練中、一緒にレースしていると頭の中に描きながら走っている時があります」
プロの卵の梶田はまだ25歳。プロで活躍中の加瀬が32歳。梶田は加瀬を「おねえちゃんみたい」な存在という。11月には、学校までわざわざ激励にきてくれた。
「記録会で思うような結果が残せずストレスがたまっていたところなので、随分と助かりました。ここ(学校)で過ごした時間は大切だし、卒業してしまえば、つらいことは忘れるからって言ってくれました。がんばれって」
梶田は、うれしそうに説明してくれた。加瀬を慕い、先行にこだわる。
20121212_G4C1248.jpg
そういえば、11月末の第一回トーナメント競走で優勝した時、梶田は泣いた。
もちろん、優勝の喜びはあった。10月に腰を痛めて練習を2週間ほど休んだこともあって、「びっくりの涙」だった。が、「悔し涙」でもあった。複雑な味だったのである。
「思い描いていた(先行の)レースができなかったからです。スタートからトラブルがあって、まったく何もできなくて、わけがわからないまま勝ってしまったような感じでした。自分のスタイルが何もできなかったというのが悔しくて、悔しくて」

おっきな世界を見てみたい

夢は、子どものころから変わらない。ずっと「オリンピック」である。
小学生の時、トライアスロンのジュニアクラブに入った。卒業式のお別れの言葉で「オリンピックで金メダルを獲りたい」と公言した。中学校の卒業文集にも「トライアスロンでオリンピック金メダル」と書いた。
トライアスロンは、スイム(水泳)とバイク(自転車)、ラン(マラソン)。そのため、中学校で陸上部、高校では水泳部に入った。満を持して、大学はトライアスロン部。1年余でやめたのは、トライアスロンでの五輪出場は無理と感じたからだった。その際、周りからアドバイスを受けた。「自転車だけのほうが、夢はかなうかもしれない」と。
だから、夢へ向かって走る。昨年7月、自転車競技をやろうと地元の宇都宮競輪場を訪ねたら、そこで師匠となる競輪選手の坂本英一(59期)にあった。指導を受ける条件がガールズケイリン挑戦だった。
いろんなめぐり合わせがあって、いまの梶田がある。夢はオリンピック。趣味が自転車。悩みながらも、苦しみながらも、自分のスタイルにこだわる。頑固に一途に。

ところで、なぜ五輪?

「世界の選手と戦ってみたいんです。スポーツを通してしか、わたしが世界にいける方法はないと小さい頃から思っていたんです。おっきな世界を見てみたい」

20121212_G4C1267.jpgのサムネイル画像

刹那、競技中のきつい目になった。覇気が漲る。もうじきクリスマス。サンタクロースが何でもプレゼントをくれると言ったら?
「自転車がほしい。自転車の物品、ほとんど借りているものなので。ぜんぶ自分のものでそろえたいです」
自転車漬の毎日。プロになって賞金を稼ぐことができれば、親に恩返しもできる。プロになる覚悟、おカネを賭けられる責任を持たなければならない。
「走っておカネをもらえるのはステキです。自立することができる。まだメンタルは弱いんですけど、心のスイッチを切り替えるよう意識はしています」

少しずつ意識は高くなってきた。最近、目先の結果に一喜一憂せず、将来の目標に目を向けるよう努めている。プロになる。覚悟を持つ。先行で勝つ。

その先にはオリンピック。

夢を、あきらめない。