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『願えば叶う。故障乗り越え、1番になる~手柴敦子』

2012/11/24

何度この歌を口ずさんだろう。腰痛を乗り越えた「火の国」、熊本出身の手柴敦子は、そのたびに胸の奥がアツくなる。

「でも諦めないから でも諦めたくないから きっといつか何かをつかむんだ♪」

 曲が、FUNKY MONKEY BABYSの『ちっぽけな勇気』。夢に向かって苦闘する歌詞を、自らの半生に重ね合わせる。言葉に暗さはない。ただメガネの奥の目が時折、悲しそうな色になる。

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 「腰の痛みにばかりに意識がいって、練習に集中できない自分がいたんです。気分が落ち込んでしまって…。すごく不安なんです」
葛藤がつづく。入学前にぎっくり腰になって、競輪学校の訓練中にふたたび腰を痛めた。7月、ヘルニアの手術を受けた。夏の帰省の直前、訓練に戻った。
痛みは一度、消えた。ただ時々、痛みがぶりかえす。焦りは禁物である。自分のからだとうまく付き合いながら、トレーニングに励むしかない。他の選手同様、自主練習をしたくても自制する。
「早朝練習でもみんながやっているので、自分が遅れていきそうな不安があります。でも自分のペースでやろうと思います。からだが思うように動くのはすごいことなんだな、と学ばせてもらいました」

気丈な人なのだろう。つらい経験を淡々と説明する。照れた笑いを浮かべながら、右手で髪をそっとなでる。一番、つらかったのは、同僚たちが訓練に出たあと、寮の部屋にひとりで残っている時だった。
 「訓練をやっている人はどんどん伸びていっていました。なのに…。自分が置いていかれるんじゃないかって。そう思うと…。じつはしくしく泣きました」
 熊本の母に「つらいよ~」みたいな手紙を書いた。でも怪我を直すのも、我慢するのも練習のひとつである。この経験はきっと、将来に生きる。先が見えない恐怖心と闘っているのだ。光の出口のないトンネルはない。

 母から返事がきた。

<今が人生のうちで一番苦しい時であって、これ以上の苦しみはないと思え!きっと乗り越えられる!!>
 

 教員から競輪選手へ

願えば叶う、がモットーである。夢は「1番になること」。これまで、いろんなスポーツをやってきた。バスケットボール、水泳、スピードスケート…。短大卒業後、2年次に編入した沖縄の名桜大学では自転車部に入った。
4年生の時、全日本学生選手権で3位になった。やっと自転車の競技力が付いてきたと実感した時、競技生活が終わった。もう1年あったら、との思いがあった。どれもこれも不完全燃焼。モヤモヤ感が残っていた。
大学を卒業して教員の道に進んだ。沖縄の北中城(きたなかぐす)高校では保健体育の臨時教諭を務めるかたわら、自転車競技部の顧問を引き受けた。
生徒の指導に情熱を傾けた。一生懸命に指導すれば、生徒たちはどんどん伸びていく。ある日、疾走する生徒の姿を目で追っていたら、自分ももう一回、限界に挑戦しようかなという思いがふつふつと湧いてきた。
ちょうどその頃、『ガールズケイリン』の募集を知った。闘争心に火がついた。満面の笑顔で思い出す。

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「そう。阿蘇山が噴火するみたいに。もう一回、とことんやってみようって。みんな中途半端に終わっていた。1番になって、生徒に胸を張って話ができるようになりたい。そんな引き出しがほしいのです」
一昨年の秋のガールズケイリンの一期生に応募した。仕事に追われ、ほとんど練習ができず、合格できなかった。そこで昨年3月いっぱいで教諭を辞め、熊本に戻ってホンキで練習に励んだ。女子ニ期生試験に合格した。
「たぶん首の皮一枚で合格したんだと思います。いや爪がひっかかったくらいかな。でも願えば叶うなんです。いつか」
願えば叶うは、プロ野球の長嶋茂雄の好きな言葉だと説明すると、「わたしも長嶋さんのようにビッグになります」ときた。
結婚相手の候補者にはしばらく待ってもらい、お互いの夢をとりあえず、追うことにした。結婚より夢。一度しかない人生、何かにチャレンジしたくなったのである。
競輪学校に入学する際、浪人を経て大学に進んだ教え子にお祝いのメールを送った。返事がきた。

<次ぎは自分が先生の夢を応援する番です>
 

 小さな勇気と大きな希望

競輪学校に入って、一番楽しかった思い出は?と問えば、「う~ん」と考え込んだ。頭を机にほとんど付ける。困ったなあ、という表情をつくった。
「誕生日にみんなにお祝いしてもらったことかな。(競輪学校に)きてよかったな、と思いました」
28歳の誕生日。競輪学校の売店のお菓子がわんさと届き、思いのこもったメッセージももらった。

「仲間に恵まれました!」

競輪学校の規則はやたら厳しいけれど、手柴はあまり気にならない。間食はせず、携帯電話がなくても生きていけるタイプ。月に一回の一斉食事でも心憎い心遣いで場を和ませる。根がやさしいのである。
けがが多かったので、学校の休日に外出することはなかった。好きな音楽を聞いてゴロゴロする。「ちっぽけな勇気」を聞く。

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「いまはまだだけど、“いずれビッグになってやるぜ”と思います。ビッグになりたい。いや、ビッグになります」
練習ノートの表紙裏には墨字で『一番になる』と力強い筆致で書いている。

「グランプリ優勝でもいいし、賞金女王でもいい。でも、いまは腰がこういう状態なので、卒業記念レースで優勝するのが目標です。その後にグランプリ優勝。まだまだです」

いずれ一番になる。ガールズケイリンで1番になる。いや、なってやる。

熊本女はそう、言うのだ。まずは一歩、前へ。痛みをこらえて前へ。息を止めて、ペダルをこぐ。諦めないから、諦めたくないから。

小さな勇気と大きな希望を胸に。