プロデビューを目指す競輪学校生徒サイト

がんばれ!自分。夫のため、夢のため~猪頭香緒里

2012/11/19

あっ。雪だ。

10月某日の早朝練習。朝4時半に起きて、5時からひとり、猪頭(いとう)香緒里は朝星を見ながら自転車の格納庫に向かう。照明の下、バンクを駆ける。6時過ぎ、ふと遠くに目をやれば、朝日を浴びた優美な富士山が雪をかぶっていた。
初の冠雪だ。自然が大好き猪頭はもううれしくてしかたなかった。つらさも吹っ飛ぶ。
「自然ってホント、きれいだな、と思います。自然こそ最大の芸術だなって」

午後の1㌔サーキットコース。生徒番号1番。水色ヘルメットの猪頭が前傾姿勢でペダルを踏む。黒い車体。紅葉の木々に挟まれた下りのコースでもペダルを踏み続ける。
足を回す。決して流さない。

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「だってわたしは、一番タイムが悪いので。人一倍努力して、人一倍がんばらないと、やっぱりプロになってからも周りについていけないからです。もう時間が惜しくて」
『ガールズケイリン』デビューを目指す日本競輪学校の女子2期生(104回生)で最年長となる35歳。遊んでいる暇はない。若手と比べると、訓練のひとつひとつがより重要なのだ。覚悟がちがう。
いつだって全力投球。だから充実感ある笑顔があふれる。
「とくに下りでは回転を上げようと思っています。最近、競走訓練が始まって、ギアが重くなって回転が落ちてきたので。ちょっと下りを利用して(足を)回していこうかなと意識しているのです」

また笑う。でも二重マブタの目は笑っていない。真剣なのだ。 

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「いつも、どうやったらからだにこわばりなく(ペダルを)スムーズに回していけるかなと考えています」
練習中、よく自問自答する。
「だって自分に問いかけをしないと成長できない。一日ひとつは得るものがないと(周りに)追いつかないでしょ」
意識が高い。自転車経験の浅い適性組とあって、人より少しでも多く自転車に乗ることが何より成長の条件と決めている。
「自分はゼロからのスタート。技能試験で入った方はこれまでに何万回もペダルを回しているので、それに追いつこうと思ったら、1回でも多く、1秒でも長く、自転車に乗るしかないんです」

スノーボードからの転向

転機は2011年の5月だった。

猪頭は大学を卒業後、スノーボードに熱中していた。プロ8年目。海外にも自腹で転戦する。賞金大会は数えるほどしかなく、レッスン指導などで収入を得ていた。
生活は厳しかった。ある日、友人の実家の岡山県玉野市の食堂に遊びにいった。玉野競輪場のすぐそばの定食屋。その日に仕入れた何種類かの魚から選ぶサカナの定食が評判の店である。
そこで焼き魚の定食を食べていると、友人の父に言われた。スノーボードの練習でマウンテンバイクに乗っているのなら、いっそのこと、女子競輪に転向したらどうか。女子競輪なら食べていけるんじゃないかな、と。
そこで紹介してもらったのが、玉野競輪場をホームバンクとする競輪選手の大前寛則だった。競輪の練習がはじまった。8月、サマーキャンプに参加し、好感触をえて、ガールズケイリン2期生の募集に応募した。
締め切りぎりぎりだった。じつは応募直前、入籍した。日付が末広がりで縁起のいい8月8日だった。
もちろんプロボーズの言葉は覚えている。ほっぺを紅葉のごとく、真っ赤に染めながら、教えてくれた。猪頭の旧姓は藤原。
「旦那が“藤原香緒里はスノーボードで10年間がんばってきたから、自転車は猪頭香緒里でがんばったらどうだ”って。定食屋で」
ということで、「猪頭香緒里」で競輪学校女子2期生に申し込んだ。

グランプリに出たい。もがかないと、結局、答えが出ない

新婚早々、別居状態である。

夫は、岡山市内に勤務し、猪頭は伊豆・修善寺の競輪学校で訓練に励む。離れ離れで寂しいけれど、それぞれが夢を抱く。夫の夢は「妻のグランプリ優勝」である。「悔いのないように」と話し合っている。
毎朝、毎晩、電話はかける。携帯電話は禁止だから、寮の公衆電話から。
「わたしは栄養満点のごはんを据え膳、上げ膳でいただいているけれど、むこうはひとりでがんばっている。朝、電話で“いってらっしゃい”は言いたい。ほんとうに旦那が力になってくれています。旦那のご両親も理解してもらっている。みんなに感謝しています」
だからこそ、自分もがんばる。夫のため、夫の両親のため。自分の家族のため。

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モットーが『がんばれ!自分』。スノーボード時代から、困難にぶつかると、「がんばれ!がんばれ!」と自分を鼓舞してきた。
「とりあえず、自分がやらないといけない。どうしても、80%あたりでひいてしまうところがある。だから、がんばれ!自分なんです」

ゴールは?
「まだ見えない。どこなんでしょ」

夢は?
「幸せな家庭をつくること」

ガールズケイリンでの夢は?
「グランプリ(年間女王決定戦)に出たいです。出ることです。そこで優勝したいと言えばいいんでしょうけど、自分のなかではグランプリに出ることがリアルな夢です」

あっと漏らし、手をパチンとたたいた。富士山のようにやさしい笑顔がはじける。

「それと、地元で優勝したいですね。やっぱり岡山が大好きなので」

取材の日。

屋内の自転車競技場『伊豆べロドローム』でのタイムトライアルで、猪頭は涙が出そうになった。タイムが伸びないのだ。

「自分に悔しくて悔しくて。毎日がぎりぎり。何故もうちょっと速く走れないんだろう。何が足りないんだろう、何をすればいいんだろう。そんなことを考えると、涙が出てくる」
でも、くじけない。がんばれ!自分、と心で何度も繰り返す。
「もがかないと、結局、答えがでてこない。自然にがんばればいつか結果がでる。そう信じています」

自然が大好きな35歳。

がんばれ!自分。

がんばれ!自分。

がんばれ!自分。